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水脈を求めて 5



 村の長とカールの言い合いが落ち着くと、ルーカスが話を切り出した。


「ルルちゃん、まず先にこれを勝手に持ち出した事と、無断で中身を読んでしまって、ごめんね」


 そう言って、ルーカスはルルの本棚の下から見つけた手帳を差し出した。


「いいえ。私もこんな手帳があったなんて気が付きませんでした。わぁ、懐かしい……。私の小さい頃の事が書かれている。こちらこそ、見つけてくれてありがとうございました」


 お礼を言うと、懐かしそうに、愛おしそうに手帳をパラパラとめくっていくルル。

 両親が遺してくれた書物は、ひととおり目を通していたはずだったのに、この手帳を見るのはルルにとっても初めてだった。

 だから、思わず見つかった想い出の品が嬉しくてたまらなかったのである。


「そういえば、いつ見つけたんだ、ルーカス?」


「いやそれは……。この前、そのルルの家で、えーと、長椅子で頭を冷やしてた時に、その、ヴィリーが……」


 アランの何気ない質問に、ルーカスの返答は実に歯切れが悪かった。


「あ、ルーカス様が、うちに泊った翌朝の時ですね」


 頭を冷やした時と聞いて、ルルはすぐに思い当たってうっかり口に出してしまった。


「は!? 泊っただと?」


「泊ったじゃと!?」


 ルルの言葉に、アランと村の長の目がカッと見開き、ルーカス詰め寄った。


「待て、待て。ご、誤解するな。それはちょっと事情があって……」


「どんな事情だ? ルーカスお前、ルルの家に泊まったなんて今の今まで聞いてないぞ。やましい事がないなら言えるはずだろう? なあ!」


 やましい事……。

 あの日の事を思い出して、なりゆき上しかたない部分が大半だったが、必ずしもそういった思いが一切なかったと言い切れない状況もあることには、あった。

 しかし、ここでそれを正直に言ったとしても、絶対あの時のルーカスの心情を解ってくれるとは思えないので、口を紡ぐしかない。下手をすると、村の長とアランに「危険認定」されてルルに会うことを禁止されかねない。


 二人の詰問になかなか口を割ろうとしないルーカス。

 すると、今まで静かに事の成り行きを見ていたジョージがルーカスではなく、ふとルルに矛先を向けた。


「ルル殿。何があったか、私に教えてくれませんか?」


 聞き上手のジョージにそう声を掛けられたルル。

 しかし、ルーカスが深刻な表情で、ぶんぶんと首を横に振っているのを見て、ルーカスが言おうとしないのなら、たぶん自分も言わないほうが良いという事はさすがのルルにも判断出来た。


 けれど、ジョージの質問に答えられず申し訳ないと思いながらも、あの日の出来事をうっかり思い出してしまい、ルルは恥ずかしそうにうつむくと、思わずポッと頬を染め、もじもじとし始めてしまった。その仕草が余計にルーカスを追い詰める事になるとは、全く自覚もせずに……。


 その様子に、更に追及を厳しくするアランと村の長だったが、おそるおそるといった感じでカールが口を開いた。


「あの〜、もうすぐ夜が明けてしまうので、先にあの話をした方が……」


 カールの言葉で、冷静を取り戻した面々は、とりあえず本題に入ることに決めた。




「ルル。事前に説明したが、今の素直な気持ちを聞かせてくれないか」


 アランが改まった口調でそう聞くと、ルルはしばらく考えてから静かに口を開いた。


「正直、ヴィリーにそんな力があるのか、私には分かりません。それに水路事業のことも全然詳しくないのに口を出してしまったら、ジョージ様にご迷惑なんじゃないかと思うのですが……」


 すこしためらった様子で、ジョージに視線を送りながらそう話したが、ジョージは優しい微笑みながらルルに語りかけた。


「迷惑という事は全くありません。決め手のない今、ルーカス殿がおっしゃるように試せる事は試したいという気持ちもあります。しかし、見つからなかった場合を思うと、またあなたが悲しい思いをしてしまうのではないかと、それだけが心配なのです」


「儂も、ジョージ殿と同じ気持だ。確かに水脈が見つかれば村の皆は喜ぶじゃろう。しかし、先の儀式でルルを傷つけてしまった儂らはこれ以上、ルルを騒ぎに巻き込みたくないのが、本当のところじゃ……」


 村の長もカールも、いまだ消極的な意見だった。

 そこに、アランの率直な意見が入り込んできた。


「正直に言うと、ルグミール村のためとは考えないで欲しい」


「え?」


「おい、アラン。それは言いすぎだろう……」


「そ、そういう意味ではない。ただ、俺はルグミール村のためではなく、ルル自身の今後のためを思って、前向きに考えて欲しいと思っている」


「アラン様……」


「ルル。君はいずれルグミール村に戻り、そこで生きていかなくてはならない。立場を良くと言ったら語弊があるかもしれないが、ルルがこれから先、自分らしく生きていけるように、自身の憂いを少しでも多く晴らして欲しいと思う。その手助けならいくらでも俺がしてやる」


 ルルは皆の意見をひとつひとつしっかり聞いて、最後にルーカスの顔を見る。

 あえて言葉はなかったが、黙ってうなずく彼の表情が「大丈夫」だと言ってくれているような気がしていた。


 事前に、ルーカスとアランから今回の計画を聞いていた。万が一の場合を考えるとルルとルグミール村の間には修復しようもない亀裂が入る危険性は説明を受けなくても、ルルも充分に分かっていた。

 けれど、計画を立てたのがルーカスだと知った瞬間、ルルの覚悟はすでに決まっていた。


「皆さん、私の事をすごく心配してくれてありがとうございます。私……、いつかは村に戻りたいって気持ちもあったはずなのに、森の生活のほうが楽に思い始めていました。大変な時も、寂しい時もあるけれど、ヴィリーがいてくれるし、今はアラン様やルーカス様も遊びに来てくれるようになって、もう村に戻ってあんな思いして暮らすより、こんな毎日がずっと続けばいいなって、心のどこかでそんなふうに思うようにもなっていました……」


 少女の正直な気持ちを聞いて、村の長とカールの顔が歪んだ。

 ルーカスが心配はなかば当たっていたのだ。


「でも、それは逃げていることに変りはないんだって気がついたんです。アラン様やルーカス様を見送る度に、これでいいのかなって……。もちろんお仕事のためには森の環境が良いって思うけど、そういうんじゃなくて。森の中でただ誰かが来てくれるのを待つだけじゃ、だめなんじゃないかって……」


 確かにルルは、村より森の暮らしに心が傾きかけていた。けれど……。


「このまえ王都に連れて行ってもらって、森に閉じこもってばかりじゃ見られなかった、色んな世界を見ました。そしたら、もっともっと色んなものを見たい、いっぱい知りたいって気持ちがあふれてきて、それはきっと森の中でひとりぼっちのままだったら出来ないことだった……。それを、ルーカス様とアラン様が教えてくれたんです」


 誰もがルルの心からの言葉に、胸を打たれていた。

 森で暮らし始めてしまったルルに対して、そっとしておく事以外何一つしてやれなかった村の長とカールは、自分達の情けなさと悔しさを噛み締めながらも、迷いの森にも怯む事なくルルのもとへ駆けつけてくれた、そして支えてくれたルーカスとアランに感謝せずにはいられなかった。


 そして、アランやルーカスもまたルルの言葉に、感動していた。

 特に、ルーカスはルルのためと言っても、ルル自身が望んでいないことを、なかば強引に踏み込んで火傷の薬を塗ったり、王都へ薬を卸しに連れて行ったりした。

 最終的には、受け入れてくれたルルのその芯の強さが、ルーカスにはたまらなく眩しく映った。


「だから……ヴィリー! 水脈探しに協力して欲しいの」


 ルルがヴィリーをまっすぐ見つめてそう言うと、ヴィリーもじっと見つめ返して来た。どこかルルの本心を推しはかる眼差しのようにも感じた。


「森の生活をやめたいとかそういうんじゃない。村の人たちのためっていう気持ちも少しはあるけど……。何より私が前を向いて歩きたいの。皆と、そしてもちろんヴィリーも一緒に!」


 ヴィリーはルルの言葉を受けて、しばらくじっと少女を見つめ大人しくしていたが、ルルの決意が固いと知ると、やがてすっと立ち上がりルルに擦り寄った。


「ありがと……ありがとう! 大好きよ、ヴィリー!」


 ルルがそう言うと、ヴィリーはさらに甘えた態度で、撫でろ、撫でろと言わんばかりに頭を少女の体に擦りつけた。



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