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水脈を求めて 4



 ルルと落ち合う場所が決まった。


 人目を避けるのならば、この際ジョージをはじめ村の長やカールを森の中のルルの家へと連れて行く事も考えた。

 しかし、あの森はルグミール村に住む者としての信仰心の問題上、やはりためらいがあるとの事だった。だが、それは建前で、本当はやっと落ち着いたルルの生活圏内に、自分達が足を踏み入れるのはという、村の長なりの気遣いだったのかもしれない。


 そんな事もあり、森の入口から少し離れた場所に決まった。

 しかし、間違っても他の誰かに見られては、あらぬ誤解を受けてしまうので、それは夜も更けた月灯りのもとでの再会となった。


 待ち合わせ場所で、ルルを待つ村の長。

 手紙でやり取りをしていたとは言え、ルルが森で生活を始めてから、一度も顔を合わせてはいなかった。


 王都へ行く時はロッティ姉弟にその機会を与えた。

 自分とて会いたい気持ちはあったが、村の皆を説得出来るまで、水路工事が軌道に乗るまでは、合わせる顔がないと、いくつも理由を並べてみたところで、本当はルルに会うのを断られるのがただ怖かったのだ。


 会ったら何と声を掛ければ良いのか、どんな顔をすれば良いのか、先程からいくら考えても、何一つ思い浮かばなかった。


 そうこうしている内に、足音が聞こえてきた。

 迎えに行ったルーカスとアランがルルを連れて来たのだろう。暗闇の中こちらに向かってくる三人の朧気な輪郭が段々とはっきりしてきた。


 そして、ほんの少し距離をあけて立ち止まった。

 月灯りのおかげでルーカスやアランの顔が何とか認識できるくらいだった。すると、ルーカスが隣りのフードを目深に被った人物の背中をそっと押すと、ほっそりとした白い手がそのフードを剥がした。


「おぉ……ルル? ルルなのか……?」


 村の長は驚きの声を上げると、確かめるように声を掛けた。

 森の暮らしでさぞかし苦労を重ねているだろうと想像していたのだが、久しぶりのルルの姿は予想を遥かに超えるほどの生気に溢れ、少女らしい若々しさにあふれていた。


 森へ移り住む少し前、見の置き所がなかったルグミール村で過ごしていた時の、ルルとは別人のように活き活きとして見えた。


 言葉に出来ないほどの安堵。

 もっと、元気な顔をよく見たいと、無意識に近寄った時だった。

 ルルの影に隠れていた何かがサッと飛び出して、ルルを守るかのようにその前に立ちはだかり、近づこうとした村の長を遮った。


「っ……!」


 ヴィリーだった。

 話には聞いていたが、実際にその光景を目の当たりすると、衝撃が体中を巡った。

 後ろの方でカールが「ひぃっ」と思わず小さな悲鳴を上げたのが聞こえてきた。


 村の長も同じく悲鳴をあげたつもりだったが、かすれて声にならなかった。

 しばらくヴィリーに睨まれて固まっていた村の長だったが、ふいにルルが口を開いた。


「ヴィリー、大丈夫よ。この人は村の長で私の“おじいちゃん”みたいな存在だから、何も心配いらないわ。ほら、よく手紙くれたりしてるから、ヴィリーも匂いくらいは覚えがあるでしょ?」


 ルルが普通にオオカミに話しかけている様子に、再度衝撃が走った。

 しかし、そのオオカミはルルの言葉をよく理解しているのか、おかげでヴィリーは村の長から視線を外すと、ルルの前から立ち退き、隣に寄り添うように大人しく座った。

 話だけではとても信じられなかったが、その様子にこのオオカミがルルを守っているという事実が見てとれた。


 やっとのことで気持ちを落ち着かせたると、あらためて村の長が話し掛けた。


「ルル、元気じゃったか?」


「うん。手紙でも書いてた通り、ちゃんと生活してる……」


 二人とも久しぶりに会ったからなのか、どこかギクシャクとした会話だった。

 しかし、目の前のルルの姿に村の長は心底安堵した。

 それもこれも、ヴィリーのお陰かと思うと自然とかがみ込み、オオカミと目線の高さを同じくすると、深々とお辞儀をした。


「ヴィリー、ありがとう。森で暮らすルルを守ってくれて、支えてくれて本当にありがとう……」


 声を詰まらせながらも、絞り出すような感謝の言葉を口にすると、ヴィリーが返事の代わりに尻尾を一振りした。その様子にその場の空気が少し和らいできた。

 そのおかげで、ルルも自然と今までヴィリーの存在を明かさなかった事を謝った。


「おじいちゃん……ごめんね。ヴィリーのこと知らせなくて、別に意味があって隠してたわけじゃないけれど……」


「いいんじゃよ。ルルが元気でおってくれただけで、儂は嬉しい。それにしても、小さい頃から一緒に遊んでおったからかのう、ここまでルルに懐いておるとは……。しかし、考えてみればヴィリーほど心強い存在は他におらんじゃろう」


 村の長の表情がやっと柔らかくなった。すると、ルルは事前に知らされた真実を思い出しぽつりと呟いた。


「でも、まさかヴィリーが、オオカミだったなんて……」


「え?」


 ルルのつぶやきに、少し驚いたような村の長のアランがこっそり耳打ちをした。


「実は、ルルはずっと“犬”だと思い込んでいたようで……」


「そんな、バカな……」


 正直、子どもでも犬とオオカミを見間違うはずはないのだが、ルルにとってはそんな違いなど些細な事だったのかもしれない。


「でも、ヴィリーはヴィリーだから、何も変わらないよ」


 今回の件をルルに説明するにあたって、ルーカスとアランはついにヴィリーがオオカミであるという真実を少女に告げたが、その時と同じように、ルルはあっさりとそう言うと、ヴィリーに信頼の笑みを向けた。


「いや、話には聞いていましたが、いざ目の前にすると驚きました。初めまして、ヴィリー。水路事業を担当しているジョージです」


 そう言いながらも、さすがというべきか、ちっとも驚いた様子を見せずにジョージが、紳士的な態度でヴィリーに挨拶をすると、村の長とは違い今度は尻尾を三振りくらいした。


「ほっほっ、ヴィリーは人を見る目があるようじゃのう」


「ふふっ、そんな事言って本当はおじいちゃん、ちょっと悔しいんでしょう」


「ルルには、敵わんのう。見抜かれておったか」


 その様子に、村の長が思わず笑みをこぼす。


「ジョージ様も、お久しぶりです。またお会いできて嬉しいです」


「元気そうで良かったです。ライアン殿から王都であのあと少し体調を崩したと聞いて心配していたのですよ」


「ライアン様が? あの……初めての王都で、ちょっと浮かれてしまっただけです。もう大丈夫です」


 ライアンの名前を聞いて少し嬉しそうな顔をしたルルがそう言うと、久しぶりの再会で話が咲いた。

 そして最初は、おっかなびっくりのカールだったが、その様子に村の長やジョージほどではないが、次第にヴィリーの存在にも慣れて話に耳を傾ける余裕が少し出来た頃、ふいにルルから声を掛けられた。


「カールおじさん、えっと……」


 しかし、普段手紙のやり取りをしている村の長とは違って、カールとは森に移り住んでから全く接点がなかったので、話し掛けたもののどう会話を切り出していいのか困っている様子のルルに、カールは自分を情けなく思った。


 こういう時は、大人の自分が気遣って声をかけてやる立場なのに、すっかり出遅れてしまっていた。


「ルル、元気だったか? 森の暮らしはどうだ?」


「うん。父さまと母さまが遺してくれたノートで、薬草の勉強をしたり、育てたりしてる」


「そうか……。お前の両親は本当に腕の良い薬師だったからな。きっとルルも立派な薬師になれるさ」


 両親を褒められて、嬉しそうなルルの笑顔に励まされて、カールは懐に入れていた物を取り出す。


「ルル、これを……気に入ってくれるか分からないけれど」


「わぁ、可愛い小鳥さん。貰ってもいいの? カールおじさん」


「ああ」


 それはカールお手製の、二羽の小鳥が仲良く遊んでいる様子の木彫の人形だった。

 大柄で寡黙な見た目からは想像が出来ないが、手先が器用だったため村の子どもたちにねだられると度々作ってやっていたのだ。

 ルルも幼い頃にうさぎの木彫人形を貰ったが、今は村の家に置き去りにしたままになっていた。


「これ、カール。儂に内緒でルルにプレゼントを用意しとるとは、抜け駆けはずるいぞ。事前に一言声かけてくれたら、儂も用意出来たではないか?」


「そんな事を言われても……。村の長は、ルルとしょっちゅう手紙のやり取りしているんだから、その時にすればいいでしょう。俺はやっとの機会だから……」


 変なところで言い合いの始まった二人の様子に、ルルは困った様子を見せながらも、口元は自然とほころんでいたので、そんな少女の様子に、あえてしばらく誰も止めに入ることはしなかったのだった。



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