水脈を求めて 3
村の長は、ルーカスとジョージからの連絡を受けて、自分のほかに、贄の件からルルが森へと暮らしている事情を知る中から、協力者をもう一人選んだ。
ルルがルグミール村に暮らしていた時に、隣に住んでいたカールという男性だ。
あの事があるまで、昔から隣同士懇意にしており、ルルの両親が亡くなってからは、男手がいる時は、何かと少女を気にかけてやっていた人物だ。
大柄で一見無愛想にも見えるが、穏やかで口数は少ないものの義理堅い性格をしており村人達からの信頼も厚かった。
そして、ある夜更け人目を避けて村の長の家に集まったジョージ、ルーカス、アラン、村の長にカールを加えて水脈探索の話し合いをする事になったのである。
ルーカスは、村の長やカールにあらためて、水脈探索にヴィリーを参加さたい旨を説明した。
カールはもちろんだが、村の長にとっても初めて聞かされたヴィリーの存在。
手紙のやりとりをしていたのに、ルルからの返事にその存在は書かれていなかったのだ。ルーカスやアランは、ヴィリーの正体を知りルルのためにあえて黙っていた。
けれど、ルルはいまだヴィリーを犬だと思い込んでいる。それなのに村の長には愛犬と暮らしている事などただの一言もなかった。そのことに胸が痛んだ。
面と向かっては素直に話せずとも、手紙なら……。
そう思っていたが、けれど彼女は身近な存在を告げてはくれなかったことに、少女が感じている溝の深さは、自分が考えていた深さとは遥かに認識が違っている事を、思い知らされたような気分だった。
だからこそかもしれない。
「儂は……今の話を信じる信じないは別として、反対じゃ。どの口がと思われるかもしれんが、これ以上あの子を騒動に巻き込みたくないのです」
胸の痛みに堪え正直な気持ちを話す。すると、カールも村の長に賛同するように口を開いた。
「オラも村の長と同じ意見です。この前、雨が降った事でみんなやっと少しはホッとしたんだ。また、降ってくれりゃあ、不満もそのうちおさまっていくはずです。そんときにルルが関わっていると知れたら、また大騒ぎになりやしないかと……」
「村の長やカールさんの気持ちも分かっているつもりです。しかし、次またいつ降るか分からない雨を待つという事は、儀式の時と同じ事の繰り返しになのではないですか?」
「……」
「……」
ルーカスの言葉に、二人は押し黙る。
「降らない日が続けば、またルルちゃんののせいだという根も葉もない噂が流れるでしょう。現に、今だって雨だけじゃなく、水脈が見つからない不安までもが、彼女に向けられているのを知っています」
責めるつもりはなかったが、その言葉に村の長もカールも思わず下を向いてしまった。
最初は、雨が降らない事でルルの噂をしている者もいたが、ルルが村を去った事で少しはおさまったかに思えた。
ところが水脈発見に難航していることが知れ渡ると、今度は、水気さえもルルが一緒に連れて行ったと揶揄する者が出てきたのである。
まったくのこじつけだ。
噂を流した本人達も本気でそう思っていたわけではないのだろう。
けれど何かの、誰かのせいにでもしなければ、不安と不満に押し潰されそうになっているだけで、その捌け口をたまたまその場にいないルルに向けただけだと分かっていても、ルーカスはもちろん事情を知る者はやるせない気持ちを抱いていた。
「しかし、その……儂にはよく分からんのですが、ジョージ殿が地形や傾斜を計算して上げた候補地があるのに、それをそのヴィリーとやらがいくら賢いとはいえ、無視して決めさせるなど……」
村の長がそう質問すると、ルーカスが答えた。
「無視という訳ではありません。ジョージ殿の上げてくれた候補地に、連れて行ってヴィリーの様子を見るだけです。何らかの反応があれば、あくまでも絞り込む要素のひとつに加えて、そのうえでもう一度ジョージ殿に検討して欲しいと思っているだけです」
すると、今度はジョージが口を開いた。
「確かに決め手にかけている今の状況は、私の不徳のいたすところです。ルーカス殿の危惧も外れてはおらず、試したいという気持ちもわかります。ただ、もしもの場合のルル殿の立場を考えると……」
さすがのジョージも答えあぐねていた。話は平行線のまま誰もが口を閉ざし、沈黙が続いた。
すると、今まで静かに話を聞いていたアランが声をあげた。
「しかし、反対にそれで水脈が見つかったとしたら、どうですか? ルルへの心ない噂が消えるのはもちろんのことですが、ほとぼりがさめて戻るより、ヴィリーが見つけたとなれば何より彼女自身がルグミールに戻ってきやすくはなりませんか?」
「アラン……」
確かに、水脈が見つかった場合、ヴィリーの件は村人達には伏せるとしても、功労者としてルルの名をあげれば、再び彼女が村に戻る時の印象も、村人達の迎える心構えもだいぶ違うだろう。
そして、ルルが今でも村を案じている様子を度々目にしている。
少しでも役立った実感を持てれば、戻ったあとも縮こまらずに暮らしていけるのではないか。
見つかった場合と見つからなかった場合の少女の立場を考えて、皆の心は揺れ動いていた。
「ルルちゃんの、本当の“笑顔”が見たいんです」
ポツリとつぶやかれたその言葉に、その場にいた皆が弾かれたように顔を上げた。
「森で会うルルちゃんの笑顔は最初にあった時より少しずつ柔らかくなって……。だから、つい忘れそうになるんです。帰り際の一瞬、その笑顔の裏に隠れている寂しさを見つけるたびに、いつもハッとさせられて、ルルちゃんの孤独を思い知らされるんです」
「ルーカス……」
ルーカスが語るルルの姿を想像して、村の長がついに動いた。
「ルーカスさん、儂をルルに会わせて貰えんでしょうか。ルルの気持ちを直に聞きたいのですじゃ。ルルが引き受けてくれると言うのなら儂等も強力は惜しみません。ルルが会ってくれればですが……。そして、その時ヴィリーも一緒に、どうか頼みます」
頭を下げる村の長に、思わずカールが声をあげた。
「お、長殿、相手はオオカミですよ! そんな、危ないんじゃ……」
「カール。さっきルーカスさんもアランさんも言っておったじゃろう。ヴィリーは人を襲わぬと。確かに、儂等にとっては恐ろしい存在でもあるが、ルルが生まれ育ったルグミール村より、そのオオカミと一緒に暮らしはじめて笑顔が戻ったというのじゃ。……こんな情けない話があろうか? 儂らが傷つけたまま追い出したルルを、そのオオカミが寄り添い慰めておるのじゃ。だから、儂は、オオカミだろうと何だろうと、せめて一度会うて、感謝だけでも伝えたいのじゃよ……」
「私も、ルル殿がどんな答えを出すかは別として、そのヴィリーに一度会ってみたいですね」
話し合いで結論は出なかったが、村の長とジョージの希望で一度ルルと共にヴィリーと会うことになった。
もちろん、ルルが嫌だと言えばルーカスとてすぐに退くつもりだった。
ただ、もし前向きに考えてくれるなら、ルルに水脈の件を話す前に少しでも安心して答えを出せるように協力者を得ておきたかったのだ。




