水脈を求めて 2
水脈探しに、ヴィリーを――。
ルーカスの提案に、ジョージはしばし掛ける言葉が見つからなかった。
とても理解に苦しむ内容だったからだ。
そんなジョージの表情に、ルーカスも自嘲気味に笑いながら、口を開いた。
「自分でも突拍子もないことを言っていると分かっています。けれど、今現在、候補地の決め手に欠けているのであれば……」
「試せるものは試したいとおっしゃりたいのですか? ……正直、私は反対です」
「信じられないとは思いますが……」
予想通りの返答にルーカスは言い募ろうとしたが、それをジョージが手を少し持ち上げて制止した。
「確かに、今の話は信じがたいというのもありますが、私が反対した理由はそこだけの問題ではありません。ヴィリーというのは、以前聞きましたがルル殿と一緒に暮らしている狼のことでしたね?」
「はい。もちろん、人目につかないように……」
「それは、当然の事です。ただ、絶対に秘密が漏れないとは言い切れません。ヴィリーが人を襲わない事はあなたが分かっていても、他人から見れば狼です。私もルル殿からヴィリーの様子は聞いているので、ある程度の理解は持っているつもりです。しかし、もしそれが村人達に露見した場合、どうなると思いますか?」
「……っ。俺もそれは重々考えました。けれどもし、水脈が見つかれば……色々なものの見方も変わってくるのではないでしょうか?」
確かに、水脈さえ見つかれば……とジョージも思った。
狼は恐れられている対象ではあるが、神聖な存在として崇められている土地も多々ある。しかも、ルグミール村の村人達が信仰しているあの森に住んでいるのだ。
もしかしたら、そういう方向で認識される可能性もなきにしもあらずである。非常に危険な賭けには違いないが。
「仰りたい事は分かりました……。しかし、ヴィリーの存在が露呈してなおかつ見つからなかった場合、ルル殿の立場は取り返しの付かないところまで来てしまいます。そうなれば、彼女がもっと深く傷ついてしまわれるのではないですか?」
ジョージの言う事はもっともで、ルーカスは言葉を詰まらせた。
自分とて最悪の場合を何百通りも考えて、その時のルルを想像する度に胸が押し潰されそうになった。
けれど、それでも……。
「しかし、すでに水路事業に対する村の不信は高まっています。このまま候補地を順番に掘って行くしかないと言っても、もし次に水脈の発見に至らなかったらが、何かしらの騒動が起きかねません」
今度は、ジョージが黙ってしまった。ルーカスの予想も充分起こりうる状況であるのは確かだった。
「一旦そうなればまた一からの説得にかなりの時間を要し、いつ再開できるか……。それに、万が一それがもとで事業自体が頓挫する事になれば、それこそルルはあのまま森の中でひとり……そうなる前に、どんな事でも試せることは試したいのです」
ルーカスの言葉にしばらく沈黙が続いたが、やがてジョージは静かに口を開いた。
「……私達だけで答えを出すのは、非常に危険です。アラン殿はもちろんの事、もしもの場合を考えると、これにはルグミール村からの協力者も絶対に必要でしょう。まず村の長に相談をしてみましょう」
それから、ジョージはルーカスと日程等を話し合い、村の長に密かに連絡をとり話し合いの段取りをつけたのだった。
アランには、その密談の前にルーカスからあらかじめ説明することにした。
「正気で言ってるのか? ルーカス」
アランは眉を潜め、ルーカスに自分が何を言っているのか自覚しているのかと確かめるように聞いた。
ヴィリーの賢さは、ある意味ルーカスより実感しているアランだったが、流石に水脈探索にヴィリーをと聞かされて、ルーカスの気でも触れたかと疑ってしまった。
「大真面目だ」
しかし、ルーカスのこれまで見たことがない真剣なその眼差しに、やっとルルに対する思いと自分自身に向き合う覚悟を決めたのだと分ると、アランもすぐに返答することは出来なかった。
ルーカスの言う事も分からなくはない。
けれど、自分の率直な意見としては「反対」だった。
もしもの時のリスクがあまりにも高すぎる。
「俺は反対だ」
「アラン……」
「確かに、お前の言う通り水脈発見には時間が掛かるだろう。けれど、それは俺達やジョージ殿、ルグミール村全体で乗り越える事であって、何故ルルだけがそこまでのリスクを冒さなければならないんだ?」
アランのまっとうな意見に、それでも今まで自分と同じようにルルと交流を続けてくれたアランにこそ、今回の考えにいたった事を理解して欲しいと思ったのだった。
きっと同じような思いをアランも感じているはずだから……。
最初は、森のなかで平穏に暮らしている事に安心した。ルルの現状を思うと致し方ないと思う部分も正直ある。
けれど、だからこそあの暮らしが続けば、いつか彼女が外に出る事を諦めてしまうのではないか心配だった。
今はこうやって自分達が何かと訪れることが出来ているおかげで、交流の糸は前よりも繋がっている。王都へ連れて行ったりもして、やっとまた少しずつ外への興味を持ってくれはじめたのだ。
「じゃあ……アランは、ルルちゃんがあのまま誰も近づかないような森の中で、2年も3年もたった一人で、こそこそと生きていかなければならないと言うのか……」
「っ……」
そう言われると、アランも次の言葉が出てこなかった。ルーカスの考えていた通り、アランも少なからず思うところがあったからだ。
16歳の少女が好きこのんで森に住み始めたわけじゃない。
王都での彼女を思い出す。出発するのにも人目を避けねばならなかった。けれど、王都では誰に咎められる事なく、笑顔を見せながら普通に道を歩く少女の姿に、ひとり慎ましくも静かに暮らす森の生活が、ルルにとって良い事ばかりじゃない事が分かったような気がした。
「落ち着けルーカス。お前の言いたい事は分っているつもりだ……。ただ、俺はもうルルには面倒な事には巻き込みたくないのが、今の正直な気持ちだ」
「俺だって、ルルちゃんにはこのまま穏やかに過ごして欲しいって何度も思った。けれど、時折無意識に彼女が寂しそうな顔を見せるたびに、何とかしてあげたいって……。やっと素直にそう思えるようになったんだ、アラン……」
絞り出すような声で自分の名を呼んだルーカスの表情を見て、アランは少しの間黙っていたがやがて仕方ないと言った感じで口を開いた。
「……はぁ、やっとかよ。世話焼かせやがって。分かった、まだ完全には納得したわけじゃないけど、話し合いには出る」
「ありがとう、アラン」




