水脈を求めて 1
王都から水路事業の指導者として派遣されたジョージは、ここ最近ひどく悩んでいた。
ルグミール村の水路事業に着工してから数ヶ月。
水路工事自体は何とか進んでいるが、問題は肝心の水脈がなかなか発見できないという点だった。もちろん、そんなに簡単に見つかるものではない、王都の水路事業を立ち上げた時は、水脈の発見に実に2年を費やしたという。
その事を最初からルグミール村全体に説明を重ねていた。
しかし、最近まで水不足で極限まで追い詰められていた村だ。王都から救援物資や補助を受けられる事になったとはいえ、完全に不安が取り除かれたわけではない。
最初は水不足解消に繋がると湧いたものの、いくら説明を受けたところで、雨が少ない土地の地下に水脈があるとは、今ひとつ信じる事が出来ないでいる村人達も中にはいた。
候補地を掘っては落胆する事が、二度、三度と続くと村人達の士気は目に見えて落ちてゆき、今の村の状態を思うと確かな結果を見ない限り、水路事業への不信がどんどん募っていくことを危惧していた。
測量計算を行い候補地をあげていくが、これといった決め手に欠けていた。
こればかりは、根気よく取り組んで行くしかないのだが、今度もまた空振りだったら……。
その時の村人達を想像すると気が重くなり、ジョージはしばし溜息をつくばかりであった。
そんな時、部屋のドアがノックされた。
「ジョージ殿。ルーカスです。少し話をよろしいでしょうか?」
「おお、ルーカス殿か、どうぞ」
「失礼します」
何かと水路事業の補佐をしてくれているルーカスの訪問は珍しくないが、部屋に招き入れた彼は、何やら手帳を片手に少し神妙な顔つきをしていたので、訝しげに思った。
「今日は、どうされました?」
「ジョージ殿に、少し水脈の探索について少し自分の考えを聞いていただきたいと思いまして……」
その言葉に、少し驚いた。
仕事を補佐してくれているとは言え、ルーカスはあくまでも警備隊で水路事業は専門外のはずだ。
「その、次に予定している水脈の候補地について……」
「ええ。いくつかあげておりますが、残念ながら決め手に欠けているのが現状です。ルーカス殿もご存知だと思いますが、こればかりは根気よく取り組むしかないのです」
「しかし、このままでは……」
ルーカスの心配は、ジョージにも身に沁みて分かっている。
「仰りたいことは分かります。ルグミール村全体の士気が落ちている状態なので、いくら説明したところで不満が溜まっていくのは避けられないでしょう……。より可能性の高い場所をと思っていますが、なかなか絞り込めずにおります」
今の状況を簡単に説明すると、ルーカスは少し考え込んだあと迷いながらも口を開いた。
「今から話すことは、にわかに信じられないと思います。しかし、決め手がないのであれば、一度試していただきたい事があるのですが」
そう言って、手に持っていた手帳をジョージの目の前に差し出すと、驚くべき提案をしてきたのだった。
◇◆◇
時は少し遡る。
ルーカスは、仕事が終わり滞在先の自室へ戻ると、上着のポケットに入れたままになっていた、あの埃を被った手帳の存在に気がついた。
あとで聞こうと思っていたがうっかり忘れて、そのままルルの家から思わず持ち帰ってしまっていた。
次の機会に返そうと思っていたが、ふと何となくあの時のヴィリーの様子が気になって、ダメだと思いつつページを捲ってしまったのである。
中身は、ルルの亡くなった父親が書いたと思われるものだった。
大半は、薬草について書かれていたが、たまに日記のように当時の暮らしの様子も記されていた。
ぱらぱらと捲っていくと、やがてルルの両親が森の中に家を建て始めた頃の事が書かれていた。すでに、ルルの遊び相手としてヴィリーの名前が出てきている。そういえば、ルルから大まかな話は聞いていたが、ヴィリーの事は再び森で再会するまで不思議と存在をすっかり忘れていたようで、どんな出会いだったかあまり覚えていないとの事だった。
手帳にも出会いの様子までは書かれていなかったが、この頃にはもう出会っていたという事になる。
しかし、ヴィリーはまごうことなきオオカミだ。ルルの両親は何とも思わなかったのだろうか。一体どういう出会いをして、こういう関係に発展したのだろう。
いや、待てよ。
ルルはヴィリーの事を犬だと思い込んでいる。……という事は、両親も?
いやそれはさすがにないか……。
疑問は尽きなかったが読み進めて行くと、ルルの両親が森での暮らしで水の確保に悩んでいた事が綴られていた。
「森には川一つない。
雨水を溜めると言っても、此処は雨すら貴重で、井戸を掘ってみようかと思ったがどこを掘ればいいのか分らず、考えあぐねていた。
すると、リリィが早々に考えるのを放棄して、ルルと一緒にヴィリーと遊びはじめた。
いくら考えても答えが出ない時は、しょうがない。
何時までも難しい顔をしているのは、もったいないと言う。そのうちなんとかなるというリリィの言葉に呆れながらも、結局彼女の言う通りになる事が多いので頭が上がらない」
リリィというのは、ルルの母親の事だろう。
楽天的な妻に対して慎重な性格の夫だったのか……。けれど、そこが彼女の魅力的なところだ何だと書かれており、ルーカスにとっては思わぬ惚気話に発展した内容に笑みをこぼしてしまった。
しかし、その続きの内容にルーカスはとてつもなく興味を惹かれた。
「ルルとヴィリーと一緒に遊んでいたリリィだったが、ふと何かを思いついたようにヴィリーに声を掛けた。
『ねぇ、ヴィリー。あなたこの森に詳しいんでしょ? ほら、前にも喉が渇いた時に、水分を含んでいる植物見つけてくれたじゃない。私達、ここで過ごす間の水に困ってて、井戸掘りたいんだけど、どこを掘ったらいいか分る? ……って、聞いてもさすがのヴィリーにも無理か』
いや、さすがという言葉はリリィの方である。
ヴィリー相手に聞いてどうする。と思っていたが……。
『ヴィリーは、かしこいからだいじょうぶだもん! ね? ヴィリー! お水どこにあるかおしえて』
ルルまでそんな事を言い始めた。
ヴィリーが相当賢いと言うのは知っているが、さすがにそれはいくら何でも無茶な話だ。間違いなくリリィに似たのだろう。
しかしその言葉に、今までじゃれあって遊んでいたヴィリーが、ピタリと動きを止めた。不思議に思ったが、しばらくして地面に鼻をひくつかせながらウロウロしたあと、ある場所で吠えた。
その行動に思わずリリィと顔を見合わせた。
まさかと思った。
しかし、リリィが「取り敢えず掘って見ようか」と言ったので行動に移す。
信じられない。本当に水が滲み出てきた!」
そしてその後、手押しポンプなどを設置し小さいながらも手作りの井戸を完成させた。と、記されていた。
ルーカスは自分でも、馬鹿げていると思った。
けれど、読み終えたあともうそれ以外の方法がないという思いが、何故か強烈に込み上げてきたのだ。
その時のルーカスは少し焦っていたのかもしれない。ルルのために早く何とかしてやりたい気持ちが、突拍子もない思考に縋らせたのだろうか。
雨が降って、ルグミール村にひと時の安堵が訪れた。
けれど、雨季はとうに過ぎており、また降るという可能性はとても低い。
もうルルをこれ以上悲しませるような事は二度と起こしたくない。
一刻も早く水脈を見つけたい。そうすれば、状況も風当たりも良くなり、それだけルルが村に戻りやすくなるに違いない。
心に負った傷は消えないかもしれないけれど、少しでも早くルルの憂いを取り払ってやりたい一心で、はやる気持ちを抑えきれなかったのだ。
そして、その手帳を片手にルーカスは、ジョージの部屋を訪れたのだった。




