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待ち望んでいたもの 9



 ルーカスに手を引かれながら、森の息吹を感じさせるような光に包まれた世界へ踏み出すと、それに呼応するようにルルの心もざわめきだす。


 雨粒が光り輝けばルルの心も踊り出すように高鳴り、天からの恵みを受け空へとまっすぐ伸びた枝は、まるでルーカスへの想いをあらわしているかのように思えた。

 そしてふと風に揺られ、それらが一斉にきらきらと煌めけば、そんな気持ちを祝福してくれる拍手のようにも感じていた。


 ルルがそんなふうに思いを巡らせながら歩いていると、ふいにルーカスが立ち止まりほんの少し背伸びして、近くにある樹の枝をひょいと引き寄せると、ルルに何かを見せようとした。


 一体何があるのだろうかと不思議そうにルルが覗き込もうとすると、瞬間、ルーカスがパッと手を離した。すると、しなやかな枝はその反動で勢いよく元に戻り、周りの枝々を震わせ、まるで小雨のように雫がルルに降りかかった。


「もう! ルーカス様ったら」


 いつも優しい彼とは違って、いたずらが成功した少年のように軽やかに笑うルーカスに、ルルは思わず文句を言ったものの、屈託のないその笑顔にやがて自分もつられて笑ってしまった。

 それを、見てさらにルーカスの笑みが深くなる。


「また着替えなくちゃいけないです」


「ごめんね、ルルちゃ……っ」


 ルルの可愛らしいふくれっ面に思わず笑みをこぼしつつ、謝ろうとしたルーカスだったが、ルルの濡れたシャツを見て、ふいに言葉を詰まらせハッとしたように視線を逸らした。


 そんな彼の様子にルルはしばらく不思議に思っていたが、けれどルーカスのどこか曇った表情に、ある可能性に思い当たりギクリとした。


 まさか、胸の火傷の跡が透けてしまっているのだろうか……。


 けれど、ルルはいまだそれを自分では確認する事が出来ないでいる。

 ただ、今日こんな素敵な光景の中で先程まであんなに笑顔を見せていたルーカスにそんな表情をさせてしまったのかと思うと、ルルは申し訳なく思うと同時に、何かうまく言葉に出来ないけれど込み上げてくる感情に突き動かされたような気がした。


 そろりと自身の手を持ち上げると、おそるおそるその場所へ伸ばした。

 そんなルルの行動に、驚いたルーカスは弾かれたように顔を上げ制止しようとしたが、ルルが小さく首を横に振る。


 あれから一度も自分では触れられなかった。

 今だってなんの覚悟もなく、何故自分がこんな行動に出たのかさえよく分からない。


 けれど、自分の中に芽生えた誰かを特別に想う気持ちが、背中を押してくれたような気がした。

 今しかないと強く思った。


 今この時を逃せば、ずっと変われない。

 そんな気がして、ルルは途中何度も手が止まりそうになると、自分を励ますように深呼吸を繰り返しながら、シャツ越しではあったがついに、胸に残る火傷の跡に自身の手を当てる事が出来たのだった。


 それは、ほんの少しだけではあったが、ルルが自ら辛い過去を受け入れようとする最初の一歩であった。

 そんな少女の姿に、ルーカスはそばに駆け寄ると震えるその手の上から包み込むように自身の手を重ねる。


 その優しい温もりに、ルルの瞳の奥が思わず熱くなった。


 まるで大丈夫だと言ってくれるようなそんな気がした。

 そして、そんなルーカスに対してルルの中にある願いが生まれた。


 ――また、薬を塗って欲しい。


 初めて自分から素直にそう思えた。

 まさか自分からそう思える日が来るとは思わなかった。


 きっとまたあの時の事を思い出して泣いてしまうかもしれない。

 やっぱり怖くなって嫌だと言ってしまうかもしれない。


 それでも……。


 心臓をばくばくさせながら、ルルは意を決して口を開きかけた、瞬間。


 ――ガサリッ。


 その時、近くの茂みからヴィリーがひょっこり顔を出したのだ。


「ヴィ、ヴィリー!? そういえば、昨日姿が見えなかったけれど、大丈夫だったの?」


 突然のヴィリーの姿に思わず気を取られて思わず愛犬(?)に声を掛けると、いまだ反応は少し鈍いものの、微かに擦り寄ってくれた。


 そんなヴィリーの介入のおかげで、二人の世界から少し現実に引き戻されてしまった。

 ルルは完全にタイミングを失ってしまい、肝心の言葉はあっという間に奥に引っ込んでしまった。

 そして、ルーカスも無理に追及してはこなかった。


 折角の機会を逃してしまい残念に思う気持ちもあった。

 けれど膨れ上がった感情にどんどん突き動かされて、自分でも上手く感情を制御出来ないでいたのも事実で、そんな状況をあらためて思うと少し怖くも感じた。


 まだ一歩踏み出したばかりなのだ。何の覚悟もないまま勢いで一気に行動し、後で後悔する事にもなっていたかもしれない。そう考えると、ヴィリーが姿を見せてくれた事に心のどこかで安心する気持ちも抱いたルルであった。



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