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待ち望んでいたもの 8



 ルーカスは寝室から出ると、思わずその場にへたり込んでしまった。


 さっきは余裕のあるふりをしたものの、理性はほとんど飛びかけていた。


 昨夜はついに一睡も出来なかった。

 一晩中続いた誘惑、そして己との闘いに疲れ果てていたルーカス。けれどそんな状態の自分の前で、目を覚ましたルルがこれまたすこぶる可愛らしかったので、つい暴走してしまったようだ。


「ああ! 俺は何で……。せっかく、ライアンにまでなりきって耐えに耐えたはずなのに、最後の最後であんなことを……」


 ルルはどこもかしこも柔らかくて、甘い匂いがして、愛しいと思う気持ちがついあふれてしまった。腕の中に抱き寄せたルルの温もり、赤く染まるおでこに触れた唇、耳をかじった感触が今も鮮明に残っている。


 どうかしていたとしか思えない先ほどの行為を振り返ると、思わず頭を抱え、立ち上がることすらままならない。

 あんな事をするつもりはなかったはずなのに……。(本当に?)

 けれどそうは思っても、もうなんの言い訳もできない所業であった。


 ――ゴッ!


 ルーカスが悶々と思い悩んでいると、ふいに寝室のドアが開いて、その角で後頭部を打ち付けられた。

 痛みで一瞬頭が真っ白になる。


 ルルの方も、先ほどの出来事に悶々としていたがそれを振り切るように勢い良くドアを開けたのだったが、すぐそこにルーカスがいるとは思っておらず、鈍い音と何かに激しくぶつかった感触に驚いて、すぐさまルーカスの様子を見ながら謝った。


「ご、ごめんなさい」


「う、ううん。こんなところ座り込んでいた、俺が悪いんだから」


「念のため冷やしましょう。それから、朝ご飯を用意しますね」


 痛みによって多少頭の切り替えができたのか、ルルの手を煩わせてしまい申し訳ないので、せめて一緒に井戸の水を汲みに行こうと、後頭部をさすりながらも立ち上がる。


 部屋は昨日の薄暗さとは違い、カーテンの隙間から射し込む光の様子に、雨はすっかり止んでいる様子だった。

 アクシデントもあり少なからず言葉を交わしたものの、やはり何となく気恥ずかしさが残る二人は次の会話の糸口がつかめず、ぎこちない雰囲気のまま玄関の扉を開けた。



 すると、そこは別世界のような光景が広がっていた。

 一瞬、息が止まるほどの美しさだった。


 木々や草花が光の粒に覆われていた。昨夜からの雨で雫がいたるところに留まり、それが木漏れ日に照らされ煌めいていたのだ。

 木樹はぐんと勢いを増したかのように、空へ、空へと枝を伸ばし、緑の色彩はより深く、濃く、一瞬一瞬を焼き付けるかのように鮮烈で、目に見えるすべてが無数の生命(いのち)の輝きを放っているようにも思える、そんな光景に2人は圧倒されていた。


 ルルとルーカスは無意識に一度ちらりとお互いの顔を見合わせ、それからまた視線を戻し目の前の世界に見惚れる。


 2人だけが違う世界に来たのかと錯覚しそうになる。

 どちらからともなく手が触れ合うと、お互いの存在を確かめ合うように、しっかりと握り締め合った。


 ルルは「運命」とか「奇跡」とかそんな言葉にすると大げさかもしれないが、それでも今この瞬間隣にいるのがルーカスで、この世界を2人で見られた事に何か特別な意味があるのではないか、例えそれがただの偶然であったとしても、そう願ってしまう気持ちをとめる事が出来なかった。


 一方ルーカスも、隣の小さな温もりの存在を確かめるように、指を絡ませ優しくそれでも少し力を込めると、同じようにぎゅっと握り締め返してくれたその反応に、例えようのない喜びを感じながらも、ほんの少しの罪悪感が抱いていた。


 「あれから」ずっと自分だけが幸せになることを躊躇(ためら)っていた。アランや他の皆からも「お前のせいじゃない」といくら言われても、そんな資格はないと言い聞かせながら、ルーカスは自分自身を赦す事が出来なかった。


 けれど、ルーカスはルルに出会ってしまった。

 幸せにしたいと思える存在に、出会ってしまったのだ。


 この幾千もの光の粒に包まれた壮麗な世界を目の前にして、自分の本当の気持ちを偽ることなどもうできなかった。


 自分の幸せを掴む事をずっとためらってきたルーカス、けれどルルが笑うと自分も笑顔になってしまう。彼女と一緒にいることで、そういう小さな事のひとつひとつにでさえ幸せを感じてしまっている事を認めざるをえなかった。


 ――お前が言っていた事、今ならわかるよ。


 いつでも笑っていて欲しいと願える存在がいる事の幸せ。


 ――俺を赦してくれるか?


 仮にそうでなかったとしても、ルーカスは繋いだ手から感じるルルの温もりを守るために、一歩前に踏み出そうと思う気持ちがあふれて仕方なかった。


「ルルちゃん……、行こうか」


「はい」


 ルルの手を優しく引いた。


 この光に包まれた世界をルルと共に歩けるただそれだけの事に、いまこの一瞬だけルーカスは何にも縛られずに純粋に確かな幸せを感じたのだった。



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