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待ち望んでいたもの 7



 少しずつ意識が浮上していく感覚。


 ――駄目、まだ目を開けたくない。


 ――だって、とっても暖かいんだもん。


 小さい頃、父さまと母さまと一緒に寝ていた時みたい。

 そう思いながら側にある温もりに擦り寄ると、自分の頬を撫でる暖かくて心地のいい感触がした。


 ――暖かいなぁ。嬉しいなぁ。


「父さま……」


「こんないい男をつかまえて、父さまか……。異性に見られるだけましかな?」


「えっ?」


 耳元で囁かれて驚いたルルは、弾かれたように目を開く。

 それに気がついたのか、横から伸びてきた手がルルの顎をクイと上に向かせる。薄暗い部屋の中、目の前の榛色の瞳が優しげに細められくすくすと笑っていた。


「おはよう」


 ルーカスが柔らかな声音でルルに挨拶する。

 けれど、そんな優しい微笑みの中に、何故かとてつもない疲労が見え隠れしているような気がした。


「お、おはようございます……。あれ、な、ど、どうして?」


 ルルは吐息がかかる距離にルーカスがいる状況がうまく飲み込めず、どぎまぎしながらも離れようとするも、布団越しに抱きしめられている態勢に身動きがとれない。

 そんな焦る様子のルルを、何だか満足そうに眺めるルーカス。


「やっと、ルルちゃんが恥ずかしがってくれた……。いや、もう本当に昨日は純真無垢な……悪魔が降臨したかと思ったよ」


「へ……」(あ、悪魔なの……?)


「ルルちゃんの寝顔は本当に可愛いくて……。それでも俺は、そんな天然無自覚の誘惑に打ち勝ったわけ。だから、ちょっとくらいご褒美もらってもいいよね?」


 ルーカスが何を言っているのか、それよりなぜルーカスと一緒にベッドの中にいるのか今一つ状況が分からないままのルルだったが、そう言った目の前のルーカスの顔をよく見ると、目の下にくっきりクマが出来ていた。


 昨日、もしかしてルーカスには、何か大変な迷惑をかけてしまったのではないかと思い至った。

 もしかして、そのせいで一晩眠れなかったのだろうか。それならば、彼の言うご褒美がなんなのか分からないが、ルルがあげられるものなど大したものではないし、限られているが遠慮なく差し出そうと思った。


「いいと思います……」


 それがどういう意味を持つか分からないままルルがそういうと、しっかり聞いたという風にルーカスがひとつ頷くと、ルルのふんわりとした短い髪を指でそっと梳き始めた。


 ルーカスの温かくて大きな手に、ルルの心臓は何故か焦りを覚え、けたたましく鳴り響き始めた。


 そして、ルーカスがほんの少し身を寄せると、そのままルルに向かって顔を傾けた。そんなルーカスにルルは息を呑んだまま動けず、何だか胸がしめつけられるような感覚に、ぎゅっと目を閉じた。


「あっ……」


 おでこに当てられた熱い感触に、ルルは思わずひっくり返った声が出た。自分から一度も聞いたこともないような声に、思わず両手で口をふさぐ。


「どうして、隠すの?」


「だって……何か、みっともない声、出ちゃったから……」


「そんな事ないよ。とっても可愛く俺を誘惑する声だよ。みっともないのは、それに抗えない自分の方だから」


 眉をほんの少し下げながらそう告げられて、途端、ボンッと音がしたのかと言うくらいルルの顔が真っ赤に染まる。何かいつもと違うルーカスにルルは戸惑ってばかりだった。


「あの、今日は、ど、どうしたんですか? ルーカス様」


「ルルちゃん、だめだよ」


「え……」


「いま名前呼ばれると、煽られる」


 甘い声で耳元に囁かれると、ゾクリとしたものが背筋に走った。

 そして、そのまま耳を噛じられて、ルルはまた声を上げてしまった。


「やぁっ……」


「とっても可愛い声……。だけど、あんまり無自覚だとこんなふうに危ない目に合っちゃうから、今の声俺以外の誰にも聞かせたら駄目だよ。アランには絶対に内緒だよ。約束だよ」


 そう言うルーカスがルルにとって今一番危ない存在なのだが、自分の事は棚上げである。


「約束……?」


「そう、約束。もし破ったら、お仕置きとして、今度はルルちゃんのここにキスするから」


 ルーカスがルルの唇を指でなぞりながらそう言って浮かべた笑みには、これまで見たこともない色気が漂よって見えて、ルルは何も言えずにコクリと頷くことしか出来なかった。


 そして「ゆっくり着替えておいで」と言いながら寝室から出て行くルーカスの背中を見送った。

 一人残されたルルは、しばらくして落ち着くと、ゆっくりと昨日の事を思い出す。朧気ながらも記憶を辿って行くと、訳もなく心も体もじだばたとしたくなって、布団に突っ伏したまま羞恥に震えていた。


 ――わ、私ったら、何てことを……。


 すると、ふいにベッドからルーカスの匂いがして、先ほどの出来事も思い出し余計に顔を赤らめてしまった。


 けれど、ルルは羞恥のさなかにも、ふと思った。


 ――でも、でも……、ルーカス様で良かった、かも。


 そう例えばこれが、ルーカスではなくアランだったら、何だかんだとルルは頼る事もなく一人で我慢していたのかもしれない。


 二人ともとても優しくしてくれる。

 けれどルーカスは優しいだけじゃなくて、時にはルルの辛い過去にも踏み込んで来て泣いた事もある。しかし時には、森から連れ出してくれて、素敵な出会いをもたらしてくれた。

 気がつけば、ルーカスはいつもルルの背中を押してくれていた。

 だからこそ、無意識に甘える事が出来たかもしれない。


 ルルに芽生えた、ほんの少しルーカスを特別に思う気持ち。


 先ほどルーカスの指が触れた唇がやけに熱っぽい。

 ふと、もしもの光景を想像しそうになって、一体自分は何を考えてしまっているのかと我に返った。けれどその一瞬の中でふと嫌じゃないという気持ちが浮かんでしまい、ルルは慌ててそれを振り払うように頭を左右に振る。


 ルーカスは、自分のせいで色々疲れていて、そのせいで少し意地悪を言っただけなのだとそう言い聞かせてみたが、激しく脈打つ心臓はなかなかおさまってくれなかった。



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