待ち望んでいたもの 6
「とにかく、暖まらないと。寝室に行くからね」
ルーカスがそう声を掛けると、返事はなかったが抱き上げられたルルは、ルーカスの首に腕をまわした。
そんなルルに大丈夫だというように、ぎゅっと抱きしめかえすとそのまま寝室へと運んだ。
再び寝室に入ると、真っ先にカーテンを引く。これでいくぶんマシになるだろうと思いながら、ルルをベッドに降ろそうとしたが、ルーカスの首にしっかり腕を巻きつけたまま、離そうとしない。
「ルルちゃん。ベッドだよ。お布団被れば、外の音もそんなに聞こえないから大丈夫だよ。体暖めないと風邪引いちゃうから。ほら、腕とかもうこんなに冷えて……」
ルーカスが優しく言い聞かせてみたが、ルルはぎゅっとしがみついたまま首を横に振り、ぽつんと呟いた。
「いや……ひとりは、怖い……」
「え? いや、でも、このままだと……」
どう言って納得してもらおうか迷っていると、ルルがまた口を開いた。
「いっしょに……、いて」
「い、いいい、一緒にって……。さすがに同じベッドは、まずいかな……」
動揺が声にも伝わっていた。
けれどルルの懇願に、状況的に大変まずいと分かっていても、普段遠慮ばかりで滅多に甘えてこない彼女がこう言っているという事は、本当に心細く思っているのだろう。
そして、自分に甘えてくれた事に、彼女にとって少しはそういった存在になれたのかもしれないと思うと、嬉しさに胸が熱くなった。
もうルルの言葉を振りほどく事が出来るはずもなかった。
ルーカスはありとあらゆる理性を総動員して、ルルと一緒にベッドに潜り込んだ。
布団を被せ、それ越しにそっと抱きしめると、冷えている腕や背中を優しくさすってやった。すると、ルルもさらに甘えるようにルーカスの胸に無意識に顔をすり寄せてくる。そんな、ルルの頭も撫でてやった。
しばらくそうしていると、ルルの体から徐々に力が抜けていき、規則正しい呼吸が聞こえ始めた。ずっと気を張っていたから少し安心すると、疲れて眠ってしまったようだった。
薄暗い部屋の中。ルルのあどけない寝顔を見ながらルーカスは、ふと、思った。
森に暮らし始めて、ルルはこんなふうにたった一人で、何かを堪える夜を過ごしてきたのだろうか。
あの辛い出来事を思い出さないようにしても、不意に暗い感情に絡めとられてしまう時もあっただろう。そんな時、彼女は声を押し殺して眠った夜もきっとあったはずだ。
ヴィリーがいるとは言え、そんな夜を孤独に過ごしたのかと思うと、そばにいてあげたいという気持ちが、ルーカスの胸の中に強く湧き上がった。
辛く悲しい過去から、救い上げたい。
ルルが、心から笑える日がくるように。
それを、一番近くで見たい。
自分に許されるのなら、この手で守り、幸せにしてあげたい。
胸に込み上げてくるものがあった。
切なさに、ルーカスは自身の顔を歪める。
微かに震える手を伸ばそうとして、ためらう。
けれど堪えきれずに、再びルルの髪をくしゃりと撫でた。
森で再会してからのルルを思い出す。
あれほどの仕打ちを受け、傷つきながらも、恨む言葉を口にせず、村の皆を思い、ひとり健気にひたむきに薬師の勉強を怠らず仕事に打ち込んでいたルル。
普段は控えめなのに、実はとても頑固な面もあって、自分の事は後回しで、いつも他の人の心配ばかりで……。
愛しい、と思わずにはいられなかった。
ルルには森の中でひとり引きこもったままの生活ではなく、過去を乗り越え、多くの人と触れ合いながら、前を向いて生きて欲しいそう願っている。
そして、実際ルルはやっと一歩を踏み出し始めている。
ルーカスはそんなルルの芯の強さに、自分なんかがという思いに苛まれながらも、本当は自身もそうなりたいという憧れに近いものをルルに対して、抱いているのかもしれないと思っていた。
だからこそ、ためらいながらもこうやって、手を伸ばさずにはいられないのだ。
そして、そんな日を早く迎えるためには、何としても水脈を発見しなければいけない。理由は分からないが、今日雨が降ってくれことで、少しはルグミール村の不安も和らぐだろう。しかし、それは一時的なものでしかない。
水路事業が成功すれば、ルルに本当の平穏と心からの笑顔が戻るはずだと、ルーカスは強く思ったのだった。




