待ち望んでいたもの 5
残るは、あとひとつ。
そこでルーカスは少し悩んだ。
ルルが腕の中にいるこのままの体勢では、それは無理なのではないか。じゃあどうすればよいのか、一番良い方法を考えただけで、否応なく緊張させられる。
しかし、今のルーカスには最強にして、悲しき魔法の呪文があった。
――アタシは、ライアンよ……!
自分をその言葉で戒めると、意を決して口を開いた。
「ル、ルルちゃん。その……この体勢じゃ、ちょっと難しいみたいで……。でも、大丈夫よ! 邪な気持ちなんて全然ないから! アタシは今、サンレアン王国で一番安全な男だから! ううん。心は立派な乙女よ!!!」
ルーカスが衝撃の一言を言い放つと、ルルを長椅子に勢い良く押し倒した。そしておもむろにタオルの中に手を入れ、ぐっと掴むとそのまま一気に事を進めた。
そのすみやかな動作で、ルーカスはついに成功を手に入れたのだった。
そして、何を思ったかそのまま高らかに掲げてみた。
が、手に残っている布切れの存在を、今一度思い起こすと、心臓がドクンと大きく鳴り響き、あわててそれを手放した。
しかし、そんな動揺も束の間、次第にルーカスはなにか壮大な事をやり遂げたような達成感に包まれ、少しばかり余裕も生まれてきた。
「ルルちゃん、寒くない?」
そこでルルに心配する声を掛けると、自分が今どういった状態になっているのかも分かっていないルルが、押し倒されたまま自分に覆いかぶさっている体勢のルーカスを見上げると、何故か頬を染めながらおそるおそる呟いた。
「ルーカス様の手が……熱かったです」
「っ……」
――今のは駄目!
(そんな表情で、その感想は反則だっ……!)
せっかくの余裕を、木っ端微塵に吹き飛ばすような少女の発言。
ルルとしてはルーカスの問いかけに、思った事を素直に答えただけだったのだが……。
しかも、その言葉が引き金となって、先ほどの自分の行為を思い出してしまった。
やはりまったく触れずにという訳にはいかなかったのである。そうは言っても実際、ほんの少しかすった程度であったが、少女の言葉についその時の感触が蘇るルーカスであった。
――耐えろ、自分!
しかし、ルーカスが心の中で「何か」と必至に闘っていると、追い打ちをかけるようにルルがとんでもない事を口にした。
「ごめん……なさい。ルーカス様の服まで濡れてしまって……。あの、着替えはないのですが、毛布があるので……ルーカス様も、脱いで……ください」
――いま、何て言ったの?
少し雷の音がおさまって来たのか、ルルはやっとほんの少し目の前の服の状態を認識出来きるくらいになったのか、単純に自分のせいでルーカスの服を濡らしてしまったと、申し訳なく思ってそう言った。
けれど、タイミングが悪いにもほどがある。
――ルーカス様も、脱いで、脱いで、脱いで……。
ルーカスは、ルルの純粋な心配の言葉に、翻弄されていた。
「くっ……だめ! 今そういう事を言っちゃ……」
「で、でも、ルーカス様が、風邪引いちゃいます……」
タオルに包まれているとは言え、その下は何も身に着けていないルルを押し倒したままの状態でのこのやりとり。
ルーカスは取り敢えず色々な……そう色々なものを耐えるのに精一杯であった。
しかし、いつも必要以上に恥ずかしがるルルだが、他人を思いやる気持ちが時々、大胆な行動に出る時がある。
ルルはタオルの隙間から、にょきっと両手を出すと狼狽えているルーカスのシャツのボタンをおもむろに外しにかかった。
「きゃぁぁぁあっー!!!」
気が動転して、思わず乙女のような悲鳴を上げてしまったルーカス。
「だ、だ、だ、大丈夫! ア、アタシは自分で脱げるからっ!」
口調もどうかしたままだ。
「でも……」
「わ、分かった。分かったから! ちゃんとルルちゃんの言う通り、シャツを脱いで毛布被る。それで、いいんだよね? ち、ちょっと、待ってて」
限界が近いルーカスは最後の気力を振り絞って、ルルの天然の誘惑から逃れるように立ち上がると、おぼつかない足取りでガタ、ゴト、とあちこち家具に当たりながら、毛布を取りにルルの寝室に飛び込んだのだった。
しかし、ルルの寝室に飛び込んだ直後。
以前ここで、ルルに介抱されながら数日間寝起きした事もあるというのに、今更ながら彼女のベッドを目の前にして、また狼狽えてしまった。
しかしいつまでもそうしている訳にもいかない。とりあえず、本来の目的を思い出すと、ルーカスは濡れたシャツを脱いで、薄手の毛布を羽織った。
するとその瞬間、ふわりとルルの匂いが鼻をくすぐった。たったそれだけの事で、自分の身体が熱を帯び始め、思わずその場でガクリと膝をついてしまった。
「え? なにこれ、なにこの状況、もしかして何かのご褒美? ……いやいや、落ち着け。違う、違う、そうじゃない! しっかりしろ、俺! ここはいつも通りに……え〜と……。え、待って。あんなに可愛いルルの前で、いつも通り!? 無理、無理……」
ひとりブツブツと悶々とした呟きをこぼしながら考え込んでいると、また外から一際大きな音がした直後、ルルの悲鳴が聞こえたので、急いで寝室から出るとルルのもとに駆け寄った。
「ルルちゃん、大丈……ぶっ!?」
そばに来てくれたルーカスに、ルルはタオルが少しはだけるのにも構っている余裕もなく、両手を思いっ切り広げ勢い良くしがみついた。
かろうじてタオルで隔たれてはいるが、それでもありありと感じられる彼女の柔らかい感触に、ルーカスの焦りは頂点に達していた。
けれど、不意にしがみついているルルの腕がひんやりとしている事に気がついた。
ルーカスは、ルルの体温が下がっている様子に、はだけかかったタオルを今一度しっかりとルルの身体に巻き付けなおすと、自身が羽織っていた毛布でルルをくるみ、そっと抱き上げた。
もう、これは着替えるどころではないようだ。




