待ち望んでいたもの 4
ルーカスは一刻もはやくルルの濡れた服を着替えさせたかったが、いくらルルに言い聞かせてみても、今の状態では無理なのかもしれないと思い始めた。
このままではルルが風邪を引いてしまう。
ルーカスは純粋な心配の気持ちで、ある決断を下す。
そう、他意などこれっぽっちもないのだ!
その言葉で自身を固く戒めると、胸の中でしがみついたままのルルの体を少し離して、その大きなタオルでおもむろに少女の全身を包んだ。
そうして、顔だけタオルから出した状態のルルに、ルーカスは真剣な眼差しで語りかける。
「あのね、このままだと風邪引いちゃうかもしれないから。そうなるとこの前みたいに体調崩しちゃうと大変でしょう? だから、その濡れた服を脱ぐのを、て、ててて、手伝うから……着替えよう? だ、だ、だだだ、大丈夫。俺は一切見たりしないから! 邪な気持ちなんてこれっぽっちもないよ。あ、安心してねっ? ねっ?」
やましい気持ちなど全くないという事を、懇切丁寧にルルに言い募ってみたが、何となく歯切れが悪く、ルーカス自身もいささか説得力に欠けてしまっているような気がしてならなかった。
そんな説得もむなしく、相変わらずルルはギュッと耳と目を閉じたままで、ちゃんとした了承を得られないことに、ルーカスは困り果てていた。
しかし、もしかして今のこの状態なら、自分が服を脱がせてあげる事に対して、ルルもあまり意識しなくて済むので、抵抗感も薄く、逆にすんなり事が運ぶのではないかと思い始めた。
そうだ、ルルをこのままにして、みすみす風邪を引かせるわけにはいかないのだ。そうだ、そうだ……。
ルーカスは自分の中で勝手にそう理由つけると、もう一度「風邪を引かないように」と「自分は一切見ないから」という事を強調して、ルルの身体をすっぽりくるんだタオルの中にそうっと手を入れた。
見えないから大丈夫だと、何故思ったのだろう。
素肌に触れないように、意識を指先に集中させたのが悪かったのだろうか。
慎重に服を脱がしていくが、やはり少しは彼女の肌に当たってしまうのだが、その度に、指先が少女の柔らかさや体温を否応なく敏感に感じとってしまうのだ。
ただ、ルーカスの予想通り、ルルは雷の恐怖でそれどころではなく、その事に気にしたりする余裕はないようだった。
そうこうしているうちに、タオルの中でもぞもぞと一通り服を脱がせる事に成功したルーカスだったが、ここで大きな問題に直面した。
どのくらい雨の中でうずくまっていたのか、脱がせた服の様子から下着まで雨で濡れているであろう事が容易に想像できた。
「さ……さすがに、これ以上は、ま、まずいよな」
思わずそんな言葉が口をついて出た。
しかし、ここまで来てそのままにしておくという訳にもいかない事は、理解しているので、再度ルルに声を掛けた。
「ルルちゃん? あ、えっと……このままじゃ身体が冷えちゃうから、だ、だ、大丈夫、本当にそういうんじゃないから安心してね。だから、いいかな?」
「……」
安心という言葉を口にしたものの、その声は実に頼りない。けれど、そんなルーカスの質問に、ルルは無言のまま、コクリと微かにうなずいたのだ。
――ちょっとぉ!? 本当に? 本当に分かってうなずいているの?
自分で聞いておいて何だが、ここに来てやっと意思表示をしたルルのその返答に、思わずルーカスはたじろいてしまった。
ルルが本当に理解しているか、いささか信じられないが、一応とりあえず言質をとることが出来たルーカスは、ゴクリ、とひとつ息を呑むと慎重にルルの背中に手を回した。
件の紐を探す。
端から見ればただ抱きしめているような恰好にふと。
(こんなところ誰かに見られたら、言い訳も出来ないな……)
そう心の中で呟くと、ハッとしたようにキョロキョロとあたりを見回した。
(考え過ぎだな、アランは今王都に行っているはずだ。そういえば、ヴィリーは……)
そう思って再度見回してみたが、不思議とヴィリーの姿は見えなかった。
それから、慎重に探ってみているがなかなか紐が見つからない。おっかなびっくりだった手つきは、緊張と焦りでほんの少しずつ動きが大胆になっていく。
すると、ルーカスの指先が不意にルルの背中をかするように撫でた。
「ふぁっ……」
くすぐったかったのか、思わずルルが小さな吐息混じりの声を上げた。
「ご、ごごご、ごめん! ごめんね!」
平謝りしながら、ルーカスは慌てて手を引っ込めたが、指先から伝わった柔らかい肌の感触は生々しく残っている。
おまけに、先程のルルの吐息が木霊するようにルーカスの全身を駆け巡り、ルーカスの心臓がドクンと大きく鳴り響いたのを感じた。
「あわわっ……わざとじゃないからね。邪な気持ちなんか全然ないから!」
胸を高鳴らせてしまったこの状態では、ただの言い訳に過ぎない事は自分でも理解していたが、弁明せずにはいられなかった。
何とか冷静さを取り戻そうとして、咄嗟に羊を思い浮かべたが、それは眠れない時に数えるのであってこんな時は……と、思考は空回りするばかりで見事な動揺っぷりである。
それでも必至で考えを巡らせていると、ふとある人物を思い浮かべてしまった。
――そうだ……。ライアンだ!
何を思ったか、ルーカスはよりにもよってライアンの存在に行き着いてしまった。ライアンは、見た目は屈強な男性だが心は乙女だ。ある意味、目の前の少女にとって今のルーカスよりよっぽど無害な存在とも言える。
ルルも王都で出会って短い間ながらも、ライアンにはかなりの信頼を寄せていた。
――そうだ……。俺がライアンになりきれば、こんな事で動揺したりしない! はず……。
「そうよ! そうだわ!」
明らかにどうかしているので、何だか口調もおかしくなっている。しかし、残念ながら今のルーカスに指摘出来る人間が周りにいなかった。
自分はライアンだと思い込み、詰めていた息を深く吐き出すと、さっきまでの動揺はすっと通り過ぎていった……ような気がした。
そして、再び彼女の背中に手を回すと、やっと見つけた紐を躊躇なく引っ張った。
すると、それは幻聴に違いなかったが、紐が外れた瞬間ふるんっと音がするような感覚がしたあと、濡れた重みでそのまま床に落ちた。
ふと床を見ればルルの濡れた服がしわくちゃになって落ちている。
たったそれだけのことにドギマギさせられて、思わずルーカスは目を逸らした。
――アタシは、ライアン、ライアン、ライアン……。
まるで、呪いか何かのような暗示である。
そして深呼吸を繰り返し気を取り直すと、またごくりと息を呑み込んだ。
――次で、最後だ……。




