両親との記憶 1
ルルがまだ幼かった頃――。
「世界で一番、ルルが可愛いよ」
父はいつもそう言ってルルを優しく抱き上げると、おでこにキスをしてくれた。
しかし、母がそれを目撃してしまうと……。
「もう、ロイはいつもルルばかりなんだから……」
拗ねたように口を尖らせて、そんなことを言いながらプイッとそっぽを向くのだ。
そんな母の姿に、ルルと父は顔を見合わせるとクスクスと笑った。
「……どうせ、いつも母さまは仲間外れですよ〜だ」
けれど、子どもっぽい口調ながらも、本格的に拗ねてしまったのが分かると、父は一旦ルルを降ろし、今度は母をひょいっと抱き上げる。
――父さまはチカラもちだなぁ。
ルルは、そんな事を思いながら両親の姿を眺めていた。
「きゃっ……! いきなり危ないでしょ、ロイ!」
「リリィが、いつまでも拗ねているからでしょ? 自分の娘に妬いてどうするの?」
「……だってぇ」
「リリィは世界で一番、綺麗だよ。僕はこれから先もずっと君の虜だ。愛してる」
「ロイ……」
父の告白で母の機嫌がやっと治ると、おでこではなく唇にキスをする。
小さな子どもの前で少々刺激が強い気がするが、ルルにとってはもう慣れっこの光景なので、問題なかった。
……いや、ひとつあった。
「あ〜! 母さま、ずるい。私には、おでこにしかしてくれないのに」
すると、今度はルルが地団駄を踏みながら、文句を言う番だった。
いつも、自分にはおでこだけなのに、母だけ特別なのがずるいと思うのだった。
これでは、母がさっき言った「仲間はずれ」は、今度は自分という事になってしまうと思うと、悔しくなってしまうルル。
とても、よく似た親子であった。
そんな娘を、今度は母がなだめにかかる。
「ルル。あなたも大きくなったら、恋をするわ」
「こい?」
「そう。唇にするキスはね、とっても大切でずっと一緒にいたいと思える、たった一人の人とするものなの。父さまは、もう母さまと恋に堕ちて、結婚しているから娘とはいえルルはだめなのよ」
「え〜、なんでぇ? ルルも父さまと母さまとずっと一緒にいたいもん。だからお口にしてもいいんだもん」
「ふふっ、だーめ! 父さまはもう母さまのものだから、ルルはルルだけの人を見つけるのよ。そして、見つけたら迷わず、真っ直ぐにその人に向かっていくのよ! 母さまはそうやって手に入れたから、ルルもきっと出来るわ」
ずいぶんアグレッシブなアドバイスだったが、ルルは母のいう「恋」が何んなのかが、まだ全然分らない。
両親が大好きでずっと一緒にいたいと思っているから良いのだと、何度も言い張ったが、やっぱりだめらしい。
いつもは、ルルを膝に乗せて「ルル、あなたがとっても大切よ」と頬にキスをしてくれる、優しくて綺麗で明るくて元気いっぱいの母のことはもちろん大好きだった。
ただ、父の事になると時折、こんな風にちょっぴり意地悪を言う。
「リリィ……。あまりそういう事を言わないでくれ。ルルがお嫁に行くと思うだけで、僕は……」
「あら、ロイったら。今からそんな心配してどうするの?」
ルルの家は、いつだって笑顔が溢れていた。
だから、その数年後、父が死んだ時の悲しみはとても深かった。




