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急変 3



「森に、帰りたい……」


 それが今の自分の状態では、無理なことくらい頭では分かっているはずなのに、何故か無性に森へ帰りたいという思いが、溢れて止まらなかった。


「ルル?」


「ルルちゃん……。いや、でも無理をするのは……」


 ルルの呟きにアランとルーカスは、難色を示した。

 確かに、慣れない土地で体調を崩し、心細い思いをしているのかもしれないが、流石に今こんなに具合が悪そうなルルを連れて帰る判断は下せない。

 それに、道中で万が一これ以上体調が悪くなったらどうする。運良く休める場所が見つかるとも限らない。それに比べて、ここには曲がりなりにも医者がいる。ある程度の対応はできるはずだ。


「ルルちゃん、森に帰りたい気持ちは良く分かるけれど、もうしばらく休んで体調が良くなったら帰ろう」


「ルーカスの言う通りだ。ここで無理をしてもっと悪くなったらどうする。だから……」


「森、帰る……かえりたぃっ……っ、か、えるぅっ……」


 けれど、二人の諭すような言葉にも耳を貸さず、ただ帰りたいと駄々をこねる子どものようにルルが懇願すると、最後にはとうとう泣き出してしまったのだ。


 普段の彼女なら、無理をするべきではない事くらい充分に理解できるはずなのに……。体調の悪さがそうさせているのだろうか、ただここまでの事を口にするということは、よっぽどの思いなのだとルルの気持ちを考えると、どうすればよいのかルーカスとアランの判断も鈍ってしまいそうになる。


「じゃあ! とりあえず薬飲むためにも、何か少しは食べなさいルル!」


「……たべたく、ない。かえる……」


「わがまま言わないの! 今のままじゃ、だめな事くらい自分でも分るでしょ。皆、ルルの事を心配しているのよ」


「……」


「帰りたいなら少しでも食べて、ちゃんと薬飲むの。それでほんの少し落ち着く事が出来たら、そうしましょう?」


 二人がルルの懇願に困っていると、ライアンが駄々をこねるルルに強い口調で言い聞かせる。最初は、それでも言い返したルルだったが、再度ライアンが言い募ると、やっとこちらの言葉に耳を傾けてくれたのか、瞳いっぱいに涙をためながらも、最後は無言で小さく頷いた。

 そんなルルに、ライアンはニカッと笑うと少女の涙をそっと拭ってやった。


「さっぱりしたものが良いかしらねぇ? ちょっと宿の厨房を借りて作ってきてあげるわ! 大人しくしてるのよ、ルル」


 ライアンがそう言うと、ルルはまたコクリと小さく頷く。

 先ほどとは打って変わって素直だ。すると、そんな彼(?)は立ち去り際に、ルーカスとアランに小声でぼそりと呟く。


「ルルの事が本当に大事なら、二人ともだめな時は駄目だとちゃんと言わないと!」


「「っ……!」」


 全く持ってその通りである。

 何も言い返せない二人は、先ほどのルルとのやりとりを見ていて、うっかりライアンに母性の欠片みたいなものを垣間見たような気がした。正直、ルルに言い聞かせてくれて助かったものの、やはり錯覚であって欲しいと思うのであった。


 それから、ルルは大人しくライアンが作ってくれたご飯を食べ、薬を飲むと小一時間くらい眠った。

 そして、時刻はそろそろ昼に差し掛かろうとしていた。まだ本調子ではないものの朝ほどの呼吸の乱れもなく、小康状態が続いていたので、医者からの許可もおり、ルルの強い希望で森へと帰る事になった。


「ルル、ちゃんと二人の言う事を聞いて、無理しないのよ」


「はい……。ライアン様、さっきはごめんなさい。色々とありがとうございました」


「っ!? ルルッ!!!」


 見送りまで付き添ってくれたライアンに、ルルが謝罪とお礼を言うと、感極まったような彼(?)に抱きしめられた。力強い抱擁に、ルルは息が詰まりそうになりながらも、ライアンと親友の姿が重なり何だか安堵に包まれたような気がした。


 出発前に、絶対付いて行くと駄々をこねると思われたが、ルルを本当に心配しているのか負担をかけないように、今回珍しく気を利かせて大人しく見送りをするライアンだった。


「おぉ、おぉ、羨ましいのう。じゃあ、ついでに儂も……」


 そんな二人の様子に、同じく見送り場までついてきてくれたあの医者が、調子の良い事を言いながらどさくさに紛れてルルに近づこうとした。が、寸前のところでアランがルルを抱き上げる。


「な、何じゃ……ちょっとくらい、良いではないか」


「世話になったな。助かった」


「う、うむ……。じゃあ嬢ちゃん、あっちの兄ちゃんに薬持たせたから、もしまた具合が悪くなったらすぐに周りに、知らせるんじゃよ。お大事にのう」


 感謝の言葉とは裏腹に、何故か威圧的な態度のアランに医者はぶつぶつ言いながらも、ちゃんとルルを気遣ってやる。


「お医者様、本当にありがとうございました」


「ほっー! ほほぅ、うむ、うむうむ。若い娘からのお礼は何度聞いても良いのぅ。医者になったかいがあったわい」


(まさかこのじじい、そんな動機で医者になったんじゃ……)


 その言葉に唖然とするルーカスとアラン。もちろん冗談だとは思うが、この医者の言動を見てきて、そう言い切るとこも出来ない二人だった。


 そして、ライアント医者も何だかんだと言いつつも、あまり引き止めてはルルの負担だろうと別れの挨拶を切り上げてくれた。

 アランはルルを抱き上げられたまま馬車に乗り込むと、そのまま膝の上に乗せ、自分が持っていた警備隊のマントで少女を包む。いつもは恥ずかしがるルルも、まだ少し体がだるいのか大人しくアランの腕の中に身を預けていた。


 最後に、こんな事になってしまい周りに迷惑をかけてしまって申し訳なく思った。しかし、短い滞在ではあったが初めての王都はルルにかけがえのない出会いと経験をもたらせてくれた。


 ルルは、またライアンやサマンサに会いに、絶対にここに来たいと強く願ったのだった。



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