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王都の夜、いつかの温もりに包まれて



「今日はライアンに、連れ回されて疲れたでしょ?」


「でも、とっても楽しかったです。最初は、気後れしちゃってアラン様に紹介されてもお店に入れなかったんですけど、ライアン様と出会って、そのあと一緒に付き添ってくれたんです」


 ルルを宿に送りがてら、ルーカスがそう声を掛けると、よっぽど楽しかったのかそれをきっかけに、ルーカスの不在中に起こった出来事を、ルルが次から次へと話し始める。


「この、お洋服や髪飾りを選んでくれて、お化粧までしてもらったんですよ! それから、アラン様にはこの服装以外に、本までプレゼントしてもらって……、私なんかがこんなにしてもらって良いのかなって」


「ルルちゃんは、いつも頑張っているからご褒美だと思って……」


「ふふっ」


「ん、どうしたの?」


「いえ、アラン様が仰ってくださった事と、同じ事をルーカス様にも言っていただいて、何だかちょっと恥ずかしいです」


 普段は、ルーカスや特にアランが一方的に話し掛けて、ルルが受け答えするのが多かったが、今日は逆だ。けれど楽しそうに話すそんなルルを見ていると、ルーカスまで何だか嬉しくなるのだ。



「さあ、ここが今夜泊まる部屋だよ。お金は先に払ってあるから心配いらないよ。朝また迎えにくるけど、それまで一人で部屋から出ちゃダメだよ」


「は、はい」


「あと、部屋に入ったらちゃんと鍵をすること、分かった?」


 小さな子供に言い聞かせるようにルーカスがそう言うと、ルルは言われたことを確認するように口にした。


「えっと、ちゃんと鍵をして、ルーカス様が朝迎えに来てくれるまで一人で外には出ないですね。はい、しっかりと覚えました。ちゃんと守ります」


「よし、じゃあ今日は疲れたろうから、早く寝るんだよ。おやすみ、ルルちゃん」


「お、おやすみなさい。ルーカス様……」


 無事にルルを送り届け、注意事項もしっかりと伝えたルーカスは、少女に早く休んでもらおうとその場をあとにしようとしたが、おやすみの挨拶をしたものの、何故か部屋の扉を閉める気配のないルルを不思議に思い聞いてみた。


「どうかした? 何か気になることでも……」


「い、いえ。あの……アラン様とライアン様に、今日はありがとうございましたとお伝え下さい」


「うん。わかった。じゃあ……」


 再度、話を切り上げようとするもルルはなおも名残惜しそうに、もじもじと口ごもっていた。しかし、結局その理由を言わないままルルは、気を取り直しルーカスにあらためてお礼を述べた。


「ルーカス様、今回は何から何までありがとうございました」


「ううん。俺はきっかけを作っただけで、実際に頑張ったのはルルちゃん自身だよ。さぁ、ゆっくり休んで。また、明日の朝迎えに来るから」


「はい。では、また明日の朝……よろしくお願いします。おやすみなさい」


「おやすみ」


 ルルが部屋に入りちゃんと鍵をしたのを確認すると、ルーカスはそのままアランとライアンが待つ酒場に向かった。


 一方ルルは、宿の部屋の中まで入ると、おもむろにベッドに腰を下ろした。

 皆と一緒の時は楽しくてあまり感じなかったが、やっぱり疲れているのか投げ出した足がじんじんしている。

 森の生活でほんの少しは鍛えられたのかなと思っていたが、やはり男性(?)のライアンの体力とは比べものにならなかったようだ。


 疲れがどっと押し寄せ、ベッドを見るやいなや座り込んでしまったが、このままではせっかくの洋服に皺が出来てしまいそうだと、自分の足を奮い立たせる。

 思い切って立ち上がるとその勢いのまま、部屋の中にあった小さめの扉を見つけたので、開けてみることにした。


 すると、そこは小さな浴槽が備え付けられていて、宿の人が直前に用意してくれたのか、温かいお湯が張られていた。

 ルルにとっては奇跡のような贅沢過ぎる光景に、しばし呆然とする。

 幸い森には小さいながらも井戸があるおかげで、ルルはこまめに髪や体を洗う事が出来ていたが、こんなふうにお湯に浸かれる機会などそうそうなかった。


 きっとこれもルーカスとアランが頼んでくれたのだろう。

 せっかくの好意だし冷める前に入ろうと、ルルは今日プレゼントしてもらった洋服を、どこかに引っ掛けて破いたりしないように、少し慎重になりながらそっと脱ぐと、備え付けの衣掛けに丁寧に吊るした。


 正直、自分だけこんな贅沢をさせてもらっていいのだろうかと、申し訳ないような、少し罪悪感にも似た気持ちを抱きながらも、疲れた体は温かいお湯の誘惑には抗えなかった。


 そろりとお湯に足をつけ、そのままゆっくり浸かり浴槽の中で腰を下ろすと、今度は思わず頭まですっぽりと浸かるように、お湯の中に潜ったりもしてしまった。それから、念入りに体を洗い、疲れた足を軽く揉んだりと、ルルは久しぶりのお風呂に身も心も癒やされるのだった。


 お風呂から上がり、全身の雫を拭うと家から持って来たいつもの寝間着に着替えベッドに転がった。そのまましばらくごろごろとしてみたが、疲れているはずなのになかなか寝付けないのである。


 両親が亡くなり一人で寝る事には慣れていたはずなのに、森の家に移り住んでからは、寝る時もずっとヴィリーと一緒だったから、急にひとりぼっちに逆戻りしたので落ち着かないのかもしれない。

 しかも、今日はとても楽しいひと時を過ごせた分、余計に寂しさが増したような気がして、何でか胸がきゅっと切なくなった。


 すると、ルルは何やら思い立ち、荷物の中をごそごそと漁り始めると、鞄の奥底に密かに忍ばせていた一枚の上着を引っ張りだした。ルルが着るにはやや大きめのそれを羽織ると、もう一度ベッドに寝っ転がる。


 そして、ルルは寂しさを紛らわすように服ごと自分をぎゅっと抱きしめる。

 それは、ルルを助けてくれた時に掛けてくれたルーカスの上着だった。彼に再会してから、何度も返そうと思っていたのに、何だかんだと機会を逃して今もこうやって大事に保管していたのだ。


 けれど、それはただの言い訳に過ぎなかった。

 これは単なる自分の我儘で、本当は持っていたかったのだ。

 ルルが療養中もずっとそばにあったその上着を。


 こうやってルーカスの上着に包まれていると、儀式で助けてくれた時に感じた彼の腕の温もりだけが思い起こされるような気がして、その記憶とともに、少女の中でいつのまにか安心できるお守りのような存在にもなっていた、だからルルはそれを手放すのをためらっていたのだ。


 いつか返さなければと思いつつも、あともう少しだけ手元に置いておきたい。そんな小さな矛盾を巡らせているうちに、段々と寂しさが落ち着いてきて、次第にうつらうつらとし始めると、やがてすうっと眠りに落ちていった。 



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