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噂のあの人 6



「アラン、はいこれ!」


「何だ?」


 可憐なルルの姿にアランは幸せな気分に浸りながら見惚れていると、ライアンから一枚の紙切れを目の前にずいっと差し出されて、思わずのけぞってしまった。

 正直、目の保養を邪魔するなと言いたいところだったが、そこに書かれていた金額に面食らってしまった。


「ルルの洋服代に、髪飾りとお化粧代金、アランの名前でツケといたから」


「おまっ、勝手に……」


「あら、良いじゃない? どうせ最初からルルにこれくらいプレゼントしてあげるつもりだったんでしょう?」


 確かに、最初からそのつもりだったのだが、何だか良いところを全てライアンに持っていかれているような悔しさに、思わず下唇を噛みしめるアランであった。


 しかし、そんな二人のひそひそとしている話の内容が聞こえてしまったルルは、ライアンに勧められるがまま着飾ってはみたものの、あらためて心配になり、ほんの少し眉を下げアランを見上げるように上目遣いでおそるおそる口を開いた。


「あ、あの、アラン様。素敵なお洋服に髪飾りまで、本当にこんなにいただいて良いんですか? すごく高かったんじゃ……」


 ――あぁ! そんなためらい顔すら可愛い!


 アランの心の叫び、再びである……。

 天使のように愛らしい少女にそう聞かれて、馬鹿正直に「高かった」と答える男性などいるだろうか?


 ――いや、いない!


「大丈夫だ。これは、日頃から一生懸命に頑張っているルルへのご褒美だ。受け取ってくれると俺も嬉しい」


 最初は、余計な事をと思ったが、こうやってライアンの計らいがなければ、ルルはいつまでたっても頑なに受け取ろうとはしなかっただろう。そんな彼女がやっと受け入れはじめようとしているのだ。

 それならば、この絶好の機会を逃すわけにはいかない。


 二人の買い物を待っている間に秘かに購入したものの、これまでのルルの様子を見る限り貰ってくれる可能性が低くかったので、どう渡せばいいのか思い悩んでいた品物を取り出した。


「ルル、ついでと言っては何だが、今日の記念としてこれも受け取ってはくれないだろうか」


「これって……」


 この時アランが差し出した物が、もしも宝飾の類だったらやはりルルは遠慮してしまっただろう。


 しかし、アランが手にしていたのは、一冊の本だった。


 それは、本屋でルルがすごく気になっていたものの、最終的には薬草の本を選んだために、諦めたロマンス小説だった。自分で購入した本に充分満足していたルル、その気持ちは強がりでも何でもなく本当にそう思っていたのだろう。


 しかし、少女が最後までずいぶん迷いながらも結局諦めたことをアランは知っていたので、こっそりと購入して彼女に贈る機会を探していたのだった。


「で、でも、お洋服や他にも色々貰ってばかりで、これ以上いただくなんて……」


「気に入らなかっただろうか?」


 これ以上何かを買ってもらうなど、あまりにも甘え過ぎではないかと思い悩んでいたルルだが、アランのその言葉は即座に否定した。


「いいえ! そんなことありません。実は、とっても気になっていた本です。でも……」


「あらぁ! 今これ王都で人気のロマンス小説じゃない? アタシも読んでる途中なのよ。ねぇ、読み終わったら今度また一緒に感想なんかをお喋りしましょうよ」


「ライアン様……」


 ルルのためらいを遮るようにライアンが口を挟んだ。

 ここまでしてもらって申し訳ない気持ちもあるけれど、いまはそれ以上に嬉しくてたまらない気持ちのほうが優っていた。

 本屋で見掛けてからずっと読んでみたいなと思っていた本だったのだ。だから、ライアンのその言葉に背中を押されたような気がして、ルルはほんの少し素直になれたのかもしれない。


「アラン様、本当にありがとうございます」


 ルルは微かに震える手で、アランから贈られた本をそっと受け取ると、それはそれは大事そうに、ぎゅっと胸に抱きしめた。

 いつも空回ってばかりいたアランだったが、想いを寄せている少女の喜ぶ顔が少しでも見たいという純粋な気持ちが、今回は功を奏したのかもしれない。


 ただ単にこの本が読みたかったという気持ちだけではなく、諦めたものをすくい上げるようにこの本を選んでくれたアランの優しさや、気兼ねばかりする自分が少しでも受け取りやすいように、ああいう言葉を掛けてくれたライアンの心遣いに、ルルの心は打たれていた。


 今回、こうやって一歩踏み出して、王都へ来てみて良かった。


 森で暮らし始める事になってしまったけれど、いつもヴィリーが寄り添っていてくれた。

 それだけで充分だと思ってきたが、今日出会ったばかりのジョージやサマンサ、そして最初は敵意を見せていたライアンまでもが、こんなにも自分に優しく接してくれたのだ。


 久しぶりになんのわだかまりもない、そんな人の純粋な暖かさにあらためて触れることが出来て、身に降り掛かった辛く悲しい経験からか、胸の奥底に潜んでいたどこか頑なだったルルの心が、新たな出会いをきっかけにゆっくりと解れていくような気がしていた。


 そして、普段からルーカスとアランがどんなに優しさを注いでくれていたのかを、あらためて身に沁みて感じるルルだった。

 両親を早くに亡くし、子どもでいられた時間の少なかった少女に、二人は「甘える」ということを、ほんの少し思い出させてくれたのかもしれない。



 そんなルルの様子を見つめながら、アランは思った。

 出会ってたった数時間でルルの中では、ライアンは王都で出来た初めての友達という地位まで駆け上っていったという事実に、正直アランとしては非常に複雑な気分だが、受け取ってもらうのにあんなに苦労していた贈り物を、ルルに贈ることが出来たのは間違いなくライアンのおかげでもあった。


 彼(?)が現れて一時はどうなるのかと思った。

 意気投合したとはいえ、その後もすっかりライアンの行動に振り回されるルルをハラハラとしながらも、大人しく見守っていたが(実際には、二人に置いてきぼりにされていただけなのだが……)、結果的には良い方向に繋がってほっと胸を撫で下ろすアランであった。


 ただ、あの強引さに巻き込まれると容易な事では抜け出せない。

 奴は、このままどこまでも自分達に付いてくるつもりだ。


 ライアンを嫌でもよく知っているアランの不安は、そう簡単に拭えるものではなかった。



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