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密談 3




 村の長でさえ、儀式に隠されていた後ろ暗い内容を、実際に知ったのはつい最近の事だった。


 自身の父もかつてこの村の代表を務めていた。

 その父が亡くなる時に受け継いだ物のなかに、儀式が必要となるその時まで、決して内容を見てはならぬという古書があった。


 実際、父は中身を見た事がなかったという。

 何が書かれているのか気にならないのかと、幼き日の長がそう尋ねると、「それは村が平和だという事であり、内容を知らないという事は幸せな事なんだ」と話してくれた事があった。


「だから、お前も本当に必要なその時まで、決して読んではならないよ」


 先程の穏やかな表情とは一変して、真剣な眼差しをした父の言葉を今も鮮明に覚えている。


 しかし、今の村の窮状に、ついにその古書を開く時が来てしまったのだ。

 そして、儀式の真の内容を知った村の長は、ふと、自分の父は読んだことはなくても、その内容に薄々気がついていたのかもしれないと思った。

 だから、自分にあのように言ったのだと思った。



◇◆◇



 そして数日後、再び話し合いの場が設けられた。


 村の現状に、もう悩む気力も時間もほとんど残されていないように感じてしまっていたのかもしれない。

 集まった者達は、それでもなお儀式を望んだのだ……。


雨乞(あまご)いの儀式に必要なのは……、生け(にえ)のことなんじゃぞ」


 もう一度、念を押すかのような長の言葉。

 しかし前回とは違って、その場の大人達の決意を秘めた顔つきに、村の長が、深い、深いため息とともに、ついに苦渋の決断を下す事になった……。


 追い詰められた状態では、それ以外の方法など思いつく余裕などもう残されていなかった。

 けれど、それはただの儀式ではない。尊い犠牲が必要とするもの……悲しいことに、だからこそ効果も絶対だとそう信じ込もうとするしか、なかったのかもしれない。


 そして、これまで誰も口には出さなかったが、すでに贄の対象としてその者達の脳裏には、両親のいない一人の少女が浮かんでいた。


 しかし、彼女はこの村を救った恩人の娘でもあり、両親亡きあとも二人の跡をつぎ、独学で薬師をしながら懸命に生きている、そんな少女だった。


 生れた時から知っている少女を贄に……。

 やりきれないという言葉ひとつでは、到底片付けられない。その胸に、凄まじい程の罪悪と自分を嫌悪する感情が渦巻き、張り裂けるような痛みが襲いかかってきた。


 しかし、それでもやはり最後の最後には、自分達の子どもが可愛かった。


 変われるものなら、老い先短い自分たちが変ってやりたい。

 しかし、神聖な儀式の供物――生け贄は、(けがれ)のない無垢(むく)な存在でなければならないとされていた。


 当然だがこの事は、村の長と村の中でも発言力のあるごく限られた数人にしか知らされなかった。今までも常にこの村のため尽力し、話し合ってきた者達である。


 それ以外の村人達には秘密にせざるを得なかった。

 せめてその罪は、自分達だけで一生背負って行こうと……。



 悲壮な覚悟を胸に、大人達は準備を始めた。




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