噂のあの人 5
「やあね、ルル。可愛いから行くんじゃなくて、可愛くなるために行くのよ」
ぽろりと本音を零したルルに、ライアンはそう言ってくれた。
すっかり打ち解けて色々と話しているうちに、ふとライアンが自分と出会う前に、王都が初めてだというルルをアランが案内していた事を知ると、どんなお店に行ったのか聞いたのだが、何とルルは本を一冊買っただけで、後は今王都で人気の洋服屋にも宝飾や雑貨のお店にも入っていないと言うのだ。
アランのくせになにをやっているのだと、敗北感に打ちひしがれていた彼に追い打ちをかけるように詰問したが、ルルが慌てて事情を話した。
「ち、違うんです。アラン様はちゃんと案内してくれたのですが……、その何て言うか、お店に訪れる女の人はみんな可愛らしい人達ばかりで、私みたいなのが入っても場違いなんじゃないかと思って……」
ルルがライアンとのやりとりのおかげでぽろりと本音を零すと、今までの少女の遠慮がちだった態度にやっとのことで合点がいったアラン。
しかしそんな少女を、どう説得にかかろうか考えあぐねていると、ライアンがもっともな一言を放った。
「やあね、ルル。可愛いから行くんじゃなくて、可愛くなるために行くのよ」
「え?」
「女の子はみんなそうなりたくて、お店に行くのよ。だから、ルル自身が可愛くなりたいって思ってるなら、お店に入る理由はそれだけで充分なのよ!」
ライアンの言葉は、綺麗過ぎるくらい核心をついていた。これにはアランも自分からではまったく出てこない考えであったので、初めてと言っていいほどライアンの言葉に納得してしまった瞬間であった。
「ねぇ、ルルは可愛くなりたくないの?」
「え、えっと、私は、ただ友達のお土産に可愛い髪飾りが見たくて……、自分がなんて、その……」
可愛くなりたいかの質問に、最初はもじもじと言葉を濁していたルルだったが、きらきらとした表情でお店に入っていく女の子達に、憧れみたいなものを感じていたのも事実だったので、やがて赤い顔をうつむかせたまま、小さな声で「……なってみたいです」と答えたのだった。
それからは、もうライアンの乙女心を併せ持った強引さが功を奏して、ルルと一緒にお洒落な洋服屋や雑貨店を巡りに巡った。
先程は気後れして、なかなか入れなかったお店にもルルを言葉巧みに店内へ誘い込み、着せ替え人形よろしくルルの可愛さを磨く事に成功するのであった。
「あ、あの、ライアン様、この服少し丈が短くて何だか足がスースーして……ちょっと恥ずかしいです……」
森の中で生活しているルルは、普段スカートなどめったに履いたことはなかった。しかも、ルグミール村の女性達が着ているものより、明らかに丈の短い洋服に戸惑っていた。
「そう? 短いと言っても膝くらいだし、これくらい今の王都では普通よ」
「で、でも……」
「ルル、とっても似合ってるわよ。あなたこうやって見ると、なかなか可愛いんだからもう少し自信持ちなさいよ」
ライアンが力強くそう言ってくれると、店員さんも同意するように頷いてくれた。
ルルとてそう言われれば悪い気がするはずもなく、自分では似合っているかどうかいささか不安ではあったが、自分でも一目見てとても可愛いと思った洋服でもあった。
「ね〜え、この服このまま着て行くから、この子が最初に来ていた服を包んでくれないかしら」
「え!? で、でも、私お金持っていなくて……」
「気にしないで、支払いはアランだから」
「そ、そんな……、いつも差し入れとかしてもらっているのに、これ以上何か買っていただくなんて……」
「ルルは男心っていうものを、全然分かってないのねぇ……」
ため息まじりにそう言われて、ルルは戸惑うばかりだ。
「ねぇ、例えば、ルルが誰かに喜んでもらいたいから料理を作ったとして、その人が遠慮して手を付けない時、どう思う?」
そう聞かれて、ふとルーカスとアランに手料理を振る舞った時の事を思い出す。あの時は美味しいとたくさん食べてくれて、すごく嬉しかった。だけど、もしあの時全然食べてくれなかったら……。
「ちょっと、寂しいかもです……」
「でしょう? それと同じよ。たまには素直に好意を受け取ってあげなさいよ」
ライアンの例えは何となく分るものの、やはり少し甘えてしまう事に良いのかなとルルの中にまだためらいがまだ残っていたが、あれよあれよと事は進んでいく。
「そうだ。ついでにお化粧もお願いしようかしら……」
「でしたら、こちらの髪飾りもご一緒にどうでしょうか?」
ライアンの思い付きに、すかさず店員さんが品物を勧めてくれた。
けれど、それを見たルルは思わずはずんだ声を上げてしまった。
「わぁ、素敵……。ロッティにすごく似合いそう」
「あら、さっき言ってた友達の事?」
「は、はい。私の親友でロッティって言うんですが、近々結婚するので何か贈り物をしたくて……」
「じゃあ、ちょうど良いじゃない! そうだ、せっかくだから色違いでお揃いにしたらいいんじゃない?」
そこから、さらにライアンの強引さに押され、あれやこれやと店員さんにされるがままのルルであった。
そして、着せてもらった洋服のまま、お化粧や髪型までも整えてもらったあと、自分の姿を鏡で見た時は、一瞬映っているのが誰なのか分からないくらいの変身ぶりで、ライアンと店員さんも何やら興奮気味に褒めてくれて、気恥ずかしやら嬉しいやらのルルであった。
一方アランは、女の子同士のほうが良いと言われ、店の外に置き去りにされた憮然とした様子で二人の買い物を待っていた。
そして、店の扉が内側から開きやっと出て来たライアンに文句を言ってやろうとしたが、その後に続いた少女の姿にアランの動きが止った。
ルルの姿にアランは一瞬、言葉を失った。
「アラン、見て! 見て! ルルったらすごく可愛くなったでしょう?」
「……」
ライアンがはしゃいだ声を上げたが、その言葉はアランの耳には届いていない様子で、依然として押し黙ったままだ。
「あ、あの、アラン様、ライアン様と一緒に選んでみたのですが、どうでしょうか?」
「……」
続いてルルが、ライアンからアランにそう聞くように言われ、勇気を振り絞って声をかけてみたが、目を見開いて自分を凝視したまま何も言わないアランの様子に、ルルはライアンや店員さんに褒められてちょっと浮かれていた気分が急速にしぼんでいき、やっぱり似合っていなかったのかと思わずしょんぼりと俯いてしまった。
「ちょっと〜、なにボーッとしてんのよ、アラン! こういう時はすかさず褒めないと。あなた、いつもこういうのスマートにこなしてたじゃない?」
ライアンに肘で突かれて、やっとハッとしたアランは慌てて口を開く。
「あ……ああ、とても似合っているよ、ルル」
「ほ、本当ですか?」
「うん、凄く可愛い」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと恥ずかしそうにしながらも、アランのその言葉にほんのり頬を赤く染めて、上目遣いでお礼を言うと、ルルはふわりとした笑顔を見せた。
――何だ? この可愛い生き物は……。妖精? いや、天使か?
アランの心の叫びである。
店から出てきたルルをひと目見た瞬間、アランは息を呑んだ。
咄嗟に言葉が出てこないくらい、アランの心は一瞬にしてルルに持っていかれたのだ。
いつもの彼とは違い、固まったまま褒め言葉のひとつも出てこない様子に、何をやっているのかと、ルルを褒めるように急かしたライアンだったが、やっとの事で口にした台詞が、普段の彼からは考えられないくらい普通すぎて、さすがのライアンも驚いてしまうほどだった。
「んもぅ! ちょっと妬けちゃうわね。でも、それくらいルルが可愛いってアタシにも分かるから、今日は特別許してア・ゲ・ル!」
いまだ惚けたように少女を見つめるアランを尻目にルルにそう言うと、先程までアランに向けていた笑顔を、すぐさまライアンにも向けた。
(ほんと、悔しいくらい可愛いのね……)
しかし、それだけではなくルルはあまりにも彼(?)との買い物が楽しかったのか、嬉しさで目尻にほんの少し涙を滲ませて、絞り出すようにお礼を口にした。
「私……ライアン様がいなかったら、お店にも入れずじまいでした。だから、今日は色々案内してくれて、本当に、本当にありがとうございました。私、ライアン様と一緒に買い物した事一生忘れられない楽しい思い出になりました」
「やだぁ、ルルは大袈裟なんだから」
そんなルルの様子に、ライアンはそう言いながらも少女の笑顔を見て、胸にじんわりと温かいものが広がるのが分かった。
考えてみれば、いつもアランに纏わりついていた女性達とは対立してばかりだったし、酒場では気軽に会話出来る女友達もいるにはいるが、奇異な目で見られることが多いライアンにとっても、こんなふうに女の子と一緒に買い物をしたのは、初めてと言っていいくらいの出来事だったのだ。
正直、ライアンもルルと一緒に色々とお店を巡った事が、とても楽しくてたまらなかったのだ。




