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噂のあの人 4



 ライアンの誘いにあっさりと頷いたルル。

 しかし、その様子にアランは愕然としていた。さっきからあれ程、自分が誘っても頑なに遠慮していたのに、なぜ会ったばかりの、しかもライアンのあんな姿を見た後だというのに……、納得のいかない気持ちでいっぱいのアランだった。


 ――何故だ!?


 そんな、大きなショックを受けているアランの様子に構うことなく、ライアンは性懲りもなく腕を絡ませると、取り敢えず近くのお店に引きずり、ルルはその後をちょこちょことついて行った。

 ひとまず、テラス席に座り注文をする事になったのだが、ルルは正直メニューを見てもさっぱり分からなかった。しかし、そんな少女の様子を察したライアンが、代わり飲み物を頼んでくれた。


 そんな彼(?)が注文してくれたのは、柑橘系の果物を絞ったジュースで、適度な酸味が爽やかで、ルルの疲れた身体をスッキリとした気分にさせてくれた。

 あまりの美味しさに、思わず笑顔でライアンにお礼を言った。


「とっても美味しいです! あ、あの、選んでくれてありがとうございます。ライアン様」


「いいのよ。でも、次からは正直に言わないと、余計迷惑を掛ける事になるわ」


 ルルの笑顔に、ライアンも思わずつられて柔らかい笑みを浮かべながらそう言った。

 実は、ルルは本屋を出てから少し体調が優れなかったのだ。いっぺんに目まぐるしい数のお店を見て周り、おまけに慣れない人混みのなかをかいくぐるように歩くのは、森の中で生活していたルルにとって、少々刺激が強すぎたのかもしれない。


 そんな少し顔色の悪いルルに気がついた様子のライアンがお茶に誘ってくれたのだ。しかも疲れた身体を考えて選んでくれたような飲み物に、ルルはホッとひと息つくとともにライアンに対して、最初に感じた怖い印象はすっかり吹き飛んでいた。


 それから、少しずつ話をしてみれば、ライアンには医療の心得がある事を知り、薬に関しても多少の知識があり、共通の話題も重なって、あれよあれよと言う間にすっかり意気投合してしまった。


 見た目はれっきとした男性だというのに、心は乙女のライアンにルルの緊張もすっかり解けた様子でお喋りに夢中になっていた。


 時々アランが気を利かせて、人気の甘いお菓子を薦めたりもしたが、アランの前では相変わらずルルはうつむき加減で遠慮をするばかり。

 ところが、ひとたびライアンがメニュー片手にひとつひとつ丁寧に説明しはじめると、どういうことかルルはさっきアランが薦めても遠慮していたお菓子に興味を示しはじめて、最終的には注文をしたのだ。

 しかも、あろうことかライアンと半分こしながら、仲良く食べているではないか。


 ――何故だ……!?


 ライアンに負けたという屈辱感に、アランは崖から突き落とされたような気分だった。

 ルルとしては、アランがせっかく薦めてくれたものの、メニューを見ても何がどうなっているお菓子なのかよく分からなかったので、注文しても苦手なものが入っていて、残してしまったら申し訳ないと思っていたのだ。

 どういった物か聞けば済む話なのだが、あまりにもこういう事に疎い自分が恥ずかしくなって言い出せなかったのだ。


 すると、そんなルルをからかう事なく、ライアンが丁寧に教えてくれながら、自分の好みまで聞き出してくれて、やっと注文する事が出来たのだ。

 端から見れば大柄な男と小さな少女の組み合わせは、異様に映っているのだろう。さっきから、心ない視線も感じるが、ライアンはもちろんルルもそんな事は、全く気にせずお喋りに花を咲かせていた。


 しかし、そんな二人とは対照的に、すっかり仲間外れみたいな状況に拗ねた様子のアランだった。

 ところが、ふとルルが気づいてくれてこちらを向いてにっこり笑ってくれた。


「ライアン様が薦めてくれたお菓子とっても美味しいんですよ。アラン様も少し食べませんか?」


 たったそれだけで、アランの機嫌は完全に回復する。

 しかも、ルルの言葉からして、これはもしかして介抱してくれたあの時以来の「あ〜ん」が体験できる絶好のチャンスではないだろうか。


「ルルがそんなに言うのなら、一口貰おうか」


 内心期待しまくりなのだが、わざと澄ました態度でそう言い、ルルにすっと近づこうとした瞬間。


「アラン! はい、あ〜ん」


「っんぐ!」


 横からずいっと表れたごつい手に握られたスプーンが、アランの口に突っ込まれた。


「ふふっ! どうアラン、美味しい? ルル、アランはね今あなたが食べているフルーツ系より、チョコレートを使ったお菓子が好物なのよ」


 得意顔のライアン。悔しながら事実ではあるが、せっかくのチャンスを台無しにされて、好物のチョコレートがやけに苦く感じるアランだった。


「そうなんですか? 知らなかったです。わぁ、ライアン様はアラン様の事なら何でもご存知なんですね。凄いです」


「やだぁ〜、もうそんなに褒めないでよ。これが、愛の力ってやつよ。ルルも好きな人が出来たら、まずその人の好きな物を知ることから始めると良いわよ」


「ライアン様のお話は、勉強になります」


「……」


 ライアンの気遣いのおかげで、体調もすっかり良くなったような気がするルルとは逆に、せっかくルルと二人で王都を巡る貴重な時間を奪われたうえに、初めて対面してからたいして時間も経っていないのに、何やらライアンの地位が、ルルの中でぐんぐん上昇していくのをひしひしと感じ取ったアランは、敗北感に打ちひしがれていた。



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