噂のあの人 1
アランが案内してくれるというので、王都を散策する事になったルル。
驚かされたのは水路もさることながら、見たこともないくらい大きくて洗練された建物が両側に立ち並ぶ街道を、実際に歩いてみてあらためてルルはその光景に圧倒されていた。
お洒落なお店には、王国内外から集められた様々な品物が売られている。
先程からキョロキョロと視線を上下左右にさ迷わせてもちっとも追いつかず、ルルは思わず眩暈を起こしてしまいそうになった。
そんなルルにアランは度々、いま王都で女性達に人気がある洋服店や宝飾屋に誘ってみたが、ルルはそれらにはあまり興味がないのか、遠慮ばかりしてその前を通り過ぎるばかりだった。
正直、ルルとて可愛い小物とか見てみたい気持ちもある。
ロッティに、可愛い小物や髪飾りか何かを、お土産にとルルは考えていた。実際、先程から親友に似合いそうな物をいくつも見掛けていた。
しかし、ふとお店の窓ガラスに映る自分の格好は、一目見ただけで田舎者とわかる。
先程から、可愛い女の子たちばかりが立ち寄るあんなに素敵なお店に、自分などが入ってもいいのかと何だか場違いのような気がして、すっかり気後れしてしまっていたのだった。
そんなふうに色々見てみたいが、なかなかお店に入る勇気の出ないルルだった。
けれど、そんなルルが唯一、目を輝かせてためらいなく自ら飛び込んだお店があった。
それは、王都でも品揃えが良いと評判の本屋だった。
ところ狭しと並ぶ本を、ルルは一冊一冊じっくりと眺め回していた。どれもこれも興味を引かれる内容の本ばかりだったが、残念ながらルルの手持ちのお金で購入出来るのは一冊がやっとだ。
そんな本に釘付けの少女の様子にアランは、普段のルルを考えたら彼女の興味があるものなど簡単に分かったはずなのに、つい今までの女性達が喜んでくれた、いかにも女の子が好きそうなお店ばかりに連れ回してしまっていたので、もっと早くここへ案内してあげれば良かったと少し反省もしていた。
そうこうしているうちに、迷いに迷ってそれでもようやく選んだ一冊を、ルルは購入した。
アランは最初それを自分が買ってあげようとしたが、もちろん断られた。
けれど、とても大切そうに買ったばかりの本を胸に抱え、満足感に浸っているルルを見て、もし自分が買い与えたら物だったら申し訳なさそうにするばかりで、ルルのこんな姿を見ることが出来なかったかもしれないと思ったのだった。
「ルル、そんなにその本が気に入ったのか?」
「はい! 色んな薬草の絵が緻密に描かれていて、しかも色までついているんですよ」
「そうか。ルルは勉強熱心だな」
きらきらとした目で買ったばかりの本の話をするルルに、アランはたまらず破顔した。そうだ、自分は少女のこういう顔を見たかったんだとあらためて思う。
「その一冊だけでいいのか?」
本当はとても面白そうな小説もすごく気になって仕方なかったルルだが、二冊も購入する余裕はなかったので、やっぱりずっと欲しいと思っていた薬草に関する本に決めた。
それでも、色のついた薬草の絵が沢山でとても綺麗な一冊だったので、アランにそう聞かれて、素直にうなずいたルルだった。
そして、本屋を後にすると、また王都の街をアランと一緒に歩いていた。
今度の通りは、人の数もぐっと増えて賑わっていた。けれどその分、心なしかさっきからすれ違う人々――主に女性達にジロジロ見られているような気がしていた。
そういう視線は、隣を歩くアランへ向いているのだとばかり思っていた。
端正な容姿をしているので、女性の目を惹くのもわかる。
けれど、アランだけではなくやはり自分に向けられる視線も感じる。
ルルは清潔感ある服装をしていてもお洒落とは言いがたい自分と、女性から熱視線を送られているアランが一緒に歩いてくれていることで、何か迷惑を掛けてしまっているのではと、気になって仕方がなかった。
(アラン様は格好良いし、私みたいな子と歩いているから、変に注目されているのかもしれない……)
ルルが、そんなふうに心配している時だった。
「そこの貴女ぁ、ちょ〜っっと、待ちなさいよ!!!」
急に後ろからそんな叫び声が聞こえて、ルルが驚いて振り返ってみると、大柄な男性がずんずんとこちらの方に向ってきているのが見えた。
最初は、誰に対しての言葉だったのか不明だったが、近づくにつれてその男性の視線がルルを捕らえているのが分かって、おろおろとしてしまった。
そして、その男性がルルの目の前まで来ると、腕を組み立ちはだかる。
近くで見ると一段と身体が大きく見えた。
身長はアランよりも少し高く、体格もスマートなアランとは違いがっしりとしていて、短く刈り上げられたブラウンの髪に、左耳には自身の瞳と同じ色の青い宝石のついたピアスをしている。
ハンサムではあるが威圧感がすごくて、ルルは少し怖い印象を抱いた。するとその男性は、キッと睨むようにルルを一瞥すると開口一番こう言った。
「このドロボー猫! アタシのアランに近づかないでよ!」
大の大人の男が目の前の少女に凄みを効かせたが、口調に違和感を感じる。
突然の修羅場(?)に固まるルル、そんな様子に何だ何だと周りには人集りが出来ていた。
けれど、そんな状況なのお構いなしに、その男性は逞しい自身の腕を何やらルルに見せつけるようにして、隣にいたアランの腕に絡ませると、先ほどのドスの効いた声とは打って変って、しなを作ったようにアランに囁きかける。
「アラン、だめじゃなぁい。アタシという者がありながらぁ、白昼堂々浮気なんてぇ、もう! でも、そんなところもス・テ・キ〜」
うふふと色っぽく笑い、アランの肩にコテンと頭を乗せる。
すると同時に周りから悲鳴が湧き起った。
しかし、そのほとんどが黄色い悲鳴である。
よく見れば周りの女性達がキャーキャー言いながら、何やら期待に満ちた目で二人を眺めては、ほんのり頬を染めていた。
――ゴッ!
そんな中、とてつもなく、鈍い音がした。
吹雪を起こしていそうなくらい冷たい表情をしたアランが、無言で男性の頭を殴ったのだ。怒りのあまり声も出せないような状態だった。
ところが、大柄な男性はちっとも効いた様子もなく、むしろ喜びを表現するかのように体をくねらせながら、なおもアランに擦り寄っていた。
「あぁん! 久しぶりね。アランの愛の鞭! 痺れちゃうわぁ〜!」
ちっとも堪えていない様子に、アランはブルブルと震えながら腰の剣に手を伸ばそうとしたが、街道のど真ん中で剣を抜くわけにはいかない。
今すぐ叩きのめしたい衝動を、どうにか落ち着かせようとした。
「ライアン、仕事で明日まで王都にいないはずのお前がなぜここに……?」
「そんなの決まってるじゃない。愛の力ってやつよ」
その台詞に、またもや黄色い悲鳴が上がった……。




