初めての王都 3
ひとまず、今日は持ってきた薬を全部卸すことにし、今後は売れ行きを見ながら、次回の日程と品数を決め、売上が順調なら定期的に一定量の薬を置いてもらう事になった。
その結果により、まだ先の話ではあるがルルが調合している他の薬も検討しようかとサマンサは言ってくれた。
そして仕事の話がすべて終わると、サマンサはおもむろにルルに深々と頭を下げた。
「ルーカスから色々と事情は聞かせてもらったが、何でも森で倒れていたところを助けてくれたとか……。まずは、孫を助けてくれて本当にありがとう。お礼が遅くなってすまなかったねぇ」
突然のその行動に驚いたルルは慌てて、頭を上げてもらうように言った。
「い、いえ、そんな、あの……、そもそも最初に助けて貰ったのは私の方なんです」
ルーカスが何処までサマンサに、自分の事情を話したのか分からなかったが、これから仕事でお世話になる人なのだ。ルルは、自分の身に降りかかった事やルーカスとの出会いからこれまでのことをすべてサマンサに語ることに来めた。
「……そういう事があって、ルーカス様と、そしてアラン様がその後の私を心配して、森に来てくれてあんな目にあってしまい……、こちらこそご迷惑をおかけして申し訳なく思っています」
「……そうかい。とても辛い目にあったんだね」
サマンサの労るような言葉に、ルルはルーカスと同じような温かさを感じていた。
ああ、この人は紛れもなくルーカスの祖母なのだとあらためて思ったのだった。
「しかし……そんな事情があったとはいえ、あの子が誰かを心配してわざわざ出向くなんて、驚きだねぇ」
「え?」
さも意外そうにサマンサはそう言ったが、ルルにとってはその言葉の方が意外だった。
そんな不思議そうな顔をするルルに、サマンサは少し逡巡したあと口を開いた。
「まぁ、何だね数年前に色々あってね……。それから、あの子はどこか人と距離を置くようになったんだよ。それは家族に対してもで、自分の事は何にも喋らなくなってねぇ……。表面的には普段と何も変わらないから、余計にタチが悪いというか……」
小さく溜息をつきながらサマンサは話を続けた。
「あの子の両親と一緒にそりゃあ気を揉んでいたんだよ。特に警備隊という仕事柄、怪我も多くて。なのに、あの子は黙ったままで、あとで大怪我をしてる事に気がついて大騒ぎなんて言うのもざらだった……。だから、森に入って一時期連絡が途絶えた時なんか、そりゃあ心配で、けれどほんの少しして、療養してるって知らせがあの子自身から来てねぇ。それは、あんたの所だったんだろ?」
「はい。痺れ作用のある植物の花粉を吸い込んだらしくて……」
「さっきも言ったように、孫は自分の不調を隠すようになって、今まで怪我をしても体が治りきらない内に大丈夫だからって、すぐにフラッと一人で仕事にいっちまうんだ」
どこか自分の身体をかえりみなくなった孫を、何度も叱ったりもしたがその心配がちっとも届いている様子がないことに、さすがのサマンサも歯痒い思いをしていたのだった。
「だけど、今回はどういう訳か、あんたの所でしばらく世話になるって言って来たんだ」
「それは、体が動かなかったから……」
「いいや、あの子は必要以上に人の世話になると、居心地悪そうにするんだよ」
それまで大人しくサマンサの話を聞いてきたが、ルルはその内容が上手く飲み込めなかった。
だって、今聞かされたルーカスと、ルルが見てきたルーカスとはあまりにも大きくかけ離れていたからだった。
あの時のルーカスはルルの過保護な気味な看護に嫌がる素振りも見せなかった。
食事を手伝ってあげた時も大人しく食べてくれたうえに、熱いから冷まして欲しいとか要望もちゃんと言ってくれたのだ。
確かに、アランと同じベッドだったのが居心地悪そうではあったけれど……。
「それから、体調が戻って警備隊の本部に報告に戻った時に、わざわざこの店にも寄ってくれてね。面と向かって無事の連絡なんてここ数年なかったのに……」
最初は、どこかぎこちない様子で伝えてきたが、それでもそんな孫の変化にサマンサもルーカスの両親も喜んだ。しかし、それだけではなかったのだ。
こちらから聞かずとも、自ら森で療養中の事を語り始めたのだ。そしてその話にはいつも一人の少女が中心にいた。
「それから、しばらくルグミール村で仕事する事になってからも、王都に戻ってくるたびにあんたの事を熱心に語って、とても良い薬師だからその子の薬をおいてくれないかと頼んで来たんだよ」
「私の事を?」
そんな前から自分の事を家族に話して、熱心に頼んでくれていたのを知って、ルルは驚いた。
「そう、孫が頼み事をしてくなんて久しぶりでね。何だか、あの事があった前の孫に戻ったみたいで……。だから、薬師というのは方便で、てっきり恋人を連れて来るもんだと喜んでたんだよ」
「わ、私なんかがルーカス様の……こ、恋人なんて、そんな恐れ多いです」
恋人という言葉に、ルルは顔を赤らめて慌てふためきながら否定した。
しかし、サマンサは最初あらぬ勘違いをしてしまったものの、いま目の前のルルの様子と、先程孫が見せたこの少女を愛おしそうに見つめる表情に思う所はあった。
「ふ〜ん……。まあ、そんな関係じゃなくても、あんたには本当に感謝してるんだよ、ルル。孫を助けてくれた事だけじゃなくて、きっかけは何であれ、あの子が少しでも良い方向に向いているみたいでねぇ」
ほんの少し表情を緩ませたサマンサに、ルルはたまらず口を開いた。
「あ、あの……! 私は、まだルーカス様と知り合って日が浅いですが、出会った時からルーカス様はとても優しい人でした。辛くて一人じゃ怖くて向き合えなかった事も、私が少しでも前に進めるように、とても気遣ってくれて、親身になってくれて、ずっと側にいてくれて、励ましてくれました」
最初は、あのルーカスが他人にも身内にも一線を引いていると言われてもなかなか信じられなかった。
だって、ルルがあれほど嫌がっても一歩も引かずに強引にも思ったが、それでもルルのためを思い、自分が嫌われるのも承知のうえで、苦しみを軽くしてくれようと踏み込んできた人なのだ。
「だから……えっと、上手く言えませんが、私の見てきたルーカス様はそんな人です。最初からびっくりするくらい思いやりに溢れた暖かい人でした! だから、その、と、とにかくルーカス様は、きっと大丈夫だと思います」
ルルが知らなかっただけで、サマンサの言うようにそんな一面があったとしても、ルルの前のルーカスは、他人のために一生懸命になってくれるそんな素敵な人だった。
最近知り合ったばかりのルルが言うのも差し出がましいかもしれないが、ルーカスを心配しているサマンサに少しでも安心して欲しくて、ルルが感じたルーカスを一生懸命伝えたかったのだ。
「ありがとう。……なるほど、こりゃ本当にあの子が一歩踏み出したって事かもしれないね。ルル、これからも孫と仲良くしてやってくれんかねぇ」
サマンサはルルの言葉に心底安堵した。何だかんだと心配していたが、孫の心根までは変っていなかった事が分かったからだ。
「いつもお世話になっているのは私の方で……、こ、こちらこそ、よろしくお願いします」
そして、孫に変化をもたらしてくれたこの気の優しい真っ直ぐでひたむきなルルに、心の中でもう一度感謝しするとともに、この子がいずれ孫の側で支えとなってくれたらと、少々先走った事を思ったりもしたのだった。




