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初めての王都 1



 結局、ジョージの奮闘虚しくあれからルルはずっとアランの膝に乗せられたまま、馬車は王都へと到着した。


 ルルにとっては、初めての王都である。

 入口の門をくぐると馬車の窓から、生まれてこのかた見たこともないくらい大きな建物がいくつも建ち並び、街道はどこもかしこも石畳が敷かれていた。


 先程までアランの膝の上に乗せられ、身の置き所がなく恥ずかしくてずっとうつむいたままのルルだったが、窓から飛び込んでくるその光景に釘付けになった。


 そして、なにより衝撃を受けたのはやはり水路だった。

 いつもアランやルーカスから話には聞いていたが、実際にこの目で見るのと想像を遥かに超えていた。


 雨が少ないこの国で、透明で綺麗な水が絶えず街中を流れているのだ。そして、街の人達は誰もそれに驚く事なく、当り前のようにあちこちで水仕事を行っている。

 ルグミール村を思うと奇跡のような光景である。


「す、すごいです……。綺麗な水がずっと流れていて、何だかもったいないような……」


 圧倒された様子でぽつんとルルがつぶやくと、御者台のルーカスがあらためて簡単に説明してくれた。


「雨が少なくても岩山が水瓶の役割をしてくれているおかげで、地下水は豊富なんだ。王都の住民はもう見慣れた光景だけど、生活水から農業水へと最後まで余すことなす活用されているんだよ」


 すると、向いに座っているジョージが改まった様子でルルに語りかけた。


「お嬢さんが、びっくりするのも無理はありませんね。いつか、ルグミール村でもこのような光景が見られるよう頑張りますね」


 本当に奇跡のようなこの光景が、あの村でも見られるようになったら……。

 もう水不足で不安にかられる事も、揉める事も、そしてあんな儀式を行う必要などなくなる……。

 疲弊しきった村のみんなの顔が、目の前の光景をみたらどんなに喜ぶか、ルルは想像しただけで、胸が苦しいくらい熱くなった。


「ジョージ様、ルグミール村に水路を……水路をよろしくお願いしますっ!」


 ルルは目の奥が熱くなるのをぐっとこらえて、あらためてジョージに万感の思いを込めて頭を下げた。


「はい。お任せください」


 少女の事情を知っているジョージは、ルルがどんな想いでそう言ったのかを考えると、何としても成功させたい気持ちが込み上げてきて、力強く答えたのだった。


 そして、目的地に着いた馬車が止まり降りようとしたルルだったが、慣れない馬車に揺られたせいかほんの少しふらふらとした足取りで、そんなルルを誰よりもいち早く気遣いエスコートしたのはジョージだった。

 アランのように過剰ではなく、ルーカスのように緊張もしない。ルルは安心したようにその腕をとり身を預ける。


「残念ですが私は王宮に報告がありますので、ここで失礼します。お嬢さんのおかげで、楽しいひと時を過ごせました。ありがとう」


 ジョージとの会話がとても楽しかったのはルルも一緒で、ここで別れることを同じように残念に思い、腕に触れている手に思わず力が入ってしまった。


「こちらこそ、とっても楽しかったです。ありがとうございました。……あ、あの、またお話の機会とか……」


 そんなルルはお礼とともに思わず「またね」の意味を込めて言いかけたが、次第に口ごもってしまった。

 帰りは別々だと聞いていたし、森で生活しているルルにとって、ジョージに会う機会は当分ないという事が分かっていた。


 それに、水路事業の方も忙しいはずだし、何だかわがままを言っているような気になって、躊躇(ためら)ってしまったのだ。しかし、そんなルルの気持ちを汲み取ったジョージは優しく微笑み掛けてくれた。


「是非また、お話出来る機会をつくりましょうね。お嬢さんと、またお喋り出来るかと思うと、今から楽しみで仕方ありません」


「ジョージ様……。私も楽しみにしています。また、お喋りしてください」


 はにかみながら笑う少女に、ジョージはそっと屈みこむと頬にスマートにキスをして立ち去った。

 あまりにも自然の流れに沿った親愛の挨拶だったので、さすがのアランも咄嗟には動けなかった。


 当のルルはといえば、素直に受け入れた上にどこかほわんとした様子でジョージを見送っていた。


 ルーカスは、ジョージには長年連れ添った愛妻がいる事を知っているし、もちろんルルに対して娘のように感じているからこそ出来た行動だと分かっていても、あっさりとやってのけたジョージに素直に感心した。

 それと同時に、恥ずかしがりやのルルに、ああもさり気なく近づけるジョージを見て、何か学んだような気にもなっていたのだった。


「じゃあ、ルルちゃん。早速だけど婆ちゃんの店に行こうか」


「は、はい!」


 ルーカスに声を掛けられてハッとしたルルはいよいよだと思って少し身構えてしまう。すると、いきなりアランに手を取られた。


「ルル、緊張することはない。普段の君なら大丈夫だ。不安なら、こうやって手をずっと繋いでてやろう。そうだ、王都には上手くいくおまじないがあってだな、左頬に3回キスを……」


「おい! アラン。ルルちゃんに余計な負担をかけるな。それにお前は、警備隊の本部への報告があるだろう!」


 すかさずルーカスがアランの頭をはたいた。

 今回の王都行きはルルの面接がメインではあるが、当然自分たち警備隊としての仕事も兼ねている。

 アランはどうしてもルルのそばについてやりたかったが、店へは当然孫であるルーカスが付いて行くことになっているので、結局仕事の報告はアランが行かざるを得なかった。


 最初からそういう段取りになっていたが、初めての王都でルルが何かと不安を覚えているかもしれないと思うと、アランは心配でたまらなかった。というのは建前で、ありとあらゆる場面でジョージに出遅れてしまい焦っているだけである。


 しかし、ルルに「私も頑張りますので、アラン様もお仕事頑張ってください」と言われればそれ以上何も言えるはずもなく、名残惜しそうにしながらも、ルーカスに追い立てられしぶしぶ報告へ向かった。


 その様子をやれやれといった様子で見送ったルーカスは、気を取り直して祖母の店へ向かおうとルルを振り返ると、さっきまでしっかりとアランを励まして笑顔で送り出していたはずの少女が、カチンコチンに緊張していた。


「ルルちゃん……大丈夫?」


「だ、だ、だ、大丈夫です!」


 思ったよりしっかり大きな声で返事をしたが、言葉とは裏腹にあまり大丈夫そうではない様子だ。


「アランも言ってたけど、そんなに緊張しなくても大丈夫。あらかじめルルの事は一通り話を通してあるから。ほら、少し深呼吸でもしてみようか」


 ルーカスにそう言われ何度か深呼吸をしてみたが、いざ歩き出すと同じ側の手足が同時に出てしまっていた。



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