ほんの少し前を向いて 7
馬車に揺られながら王都への道中、ルルとジョージは会話に花を咲かせていた。
ユーモアたっぷりのジョージの王都の話はルルを夢中にさせ、また聞き上手でもあるのか、ジョージに対して初対面とは思えぬ程の親しみを感じ、森の中での暮らしぶりを喜々として話すルル。
ルーカスやアランともすいぶん仲良くなり自然と会話もするようになっていたが、時にはアランからの度重なる強引なアプローチにはどう対処して良いのか分からずおろおろしてしまう事もあったりしていた。
ルーカスとのお喋りは今のジョージとの会話と同じように弾んでいたが、最近は普通に会話していても、ルーカスの前だとどことなくそわそわして落ち着かない時もあった。
だから、ルルにとってジョージとのスムーズな会話は何の気兼ねもなく、楽しくてたまらなかったのである。
「森での生活を心配していましたが、お嬢さんがとても楽しそうに話すので安心しました」
「あ、ごめんなさい。私ばかり喋ってしまって、森の生活なんて特になにがあるわけじゃないので、面白くないかもしれないのに……」
ルルはつい自分の事ばかり話していた事に気がついて恥ずかしそうに顔を伏せた。
そんなルルにジョージは穏やかに微笑みかけた。
「いやいや、君の騎士である、ヴィリーの話はとても興味深いですよ。なかなか賢い「犬」のようですね」
ヴィリーについては、アランとルーカスから事情を聞いていたジョージは、最初はにわかには信じがたかったが、先程からルルが語ってくれた森の話を聞いてようやく真実味が増していった。
ちなみに、村の長やルルの事情を知る大人達さえもヴィリーの正体は知らない状態だった。一緒に暮らしている「犬」がいると言うルルからの手紙の言葉を信じていた。
そもそもルル自身ヴィリーの事をオオカミとは思っていないし、嘘を付いているわけでも何でもないのだ……。それに、ヴィリーが何であろうとルルにとっては大切な相棒であることには変わりないのである。
ルーカスとアランはその事を村の長に打ち明けるかどうか悩んだが、ヴィリーの正体が知られるとやっと落ち着いたルルの生活に、また波風が立つかもしれないと思うと事実を告げる事はためらわれた。
だから、一度ルーカスやアランについてルルの森の家に行きたいと、ニコルが直談判に来た事があったが、その時はルルは小さい頃から両親と共に経験を積んでいて森を歩き回れるし、自分達も普段から厳しい訓練で身体を鍛えているので、何とかルルの家に辿り着けるが、今のニコルでは危険な植物や獣(本当は、ヴィリー以外は大人しい動物達ばかり)が潜んでいる森の中を歩くことは到底無理である事、もしニコルに何かあった時ルルが悲しむ事、それに神聖な森に村の者が足を踏み入れている事がバレたら、また騒ぎになるし、ルルも困る事になるともっともらしい言い訳を並べて、何とか納得させていたのだった。
ルルとジョージの会話は依然として弾んでいた。
しかし、ルルの隣の席だけは何とか勝ち取ったものの、アランはそんな二人の様子に、おもしろくない気持ちを渦巻かせながら眺める事しか出来なった。
本当なら馬車の中で二人きりのはずだったのだ。
ルルとの会話も笑顔も独り占めだったはずなのに、どうしてこうなったのだろう。
自分だって何とかあの輪に入りたい……。
いや、一層のことジョージを今の自分のように仲間はずれにしたいなどといった良からぬ思いまで巡らせてはいるが、結局ジョージの巧みな話術で逆にアランの方が入り込む隙がない状態である。
そんな時、馬車がガクンと少し揺れた。
ルルはそのはずみで思わず身体が傾いてしまい隣に座っていたアランの腕に、ちょこんとぶつかってしまった。
「ご、ごめんなさい、アラン様……」
「俺は、何ともない。ルルこそ大丈夫か?」
至って真面目に心配したような言葉をかけるアラン。
「はい。ちょっと揺られて、体勢を崩してしまっただけなので」
「ルーカスには後で、しっかり注意しておこう」
「そ、そんな、ルーカス様のせいでは……きゃっ!」
しかし、やっと巡ってきたチャンスをアランが見逃すわけもなく、ルルがまだ話している途中だったが、すかさず少女の体に手を回すとほんの少し抱き上げて、そのまま自分の膝に乗せたのである。
「あ、アラン様!? そこまでしていただかなくても、だ、大丈夫です」
「また馬車が揺れて、ルルがよろけてしまうと危ないから」
急に体が浮きあがりあれよあれよという間に、アランの膝の上に座らされたルルは驚きと恥ずかしさでいっぱいだった。
「で、でも、ジョージ様の前でこんな……」
森の家でもしばしばこのような事もあり、その度にヴィリーとルーカスがすかさず助けてくれるのだが今はいない。
ジョージの前でもこのような事をされて、ルルは何とか降りようともがいてみたが、アランの腕にガッチリと抱き止められて、身動きが取れない。
「あんまり、動くと危ないぞ。さあ、王都までこうしていてあげるから安心して」
「お、王都まで!? さ、さすがに、それは……」
何を言っても、一向に離してくれないアランにルルが困っていると、その様子を呆れながら見ていたジョージが見かねて助け舟を出してくれた。
「紳士たるもの、お嬢さんを困らせてはいけませんよ。しかし……アラン殿がここまで情熱的だとは思わなかったですね。ライアン殿にもその情熱をほんの少し分けてあげたらいかがですか?」
ややトゲを含んだ物言いであったが、アランはライアンの名前にピクリと眉をあげたものの、しかしそれ以上動じることもなく、今一度しっかりとルルを抱きしめながら涼しい笑顔で、
「俺が情熱的になるのは、ルルだけですよ」
と、言ってのけたのだ。しかし、ジョージも負けてはいなかった。
「おお! 王都で数々の美しい女性と浮名を流したアラン殿から、まさかそのような言葉が聞けるとは。ハハハ、驚きですね」
すると、二人の話の途中で聞き覚えのある名前が出て来て、ルルは不意に口を挟んだ。
「ライアン様というのは、以前アラン様にお手紙を送ってこられた方ですか?」
ルルの質問に、アランより先にジョージがすかさず声をかける。
「おや、お嬢さんは、ライアン殿をご存知で?」
「いえ、直接は知らないのですが、アラン様が森の家で療養していた時に、お手紙が送られてきてお名前だけは。確か、警備隊の同僚の方とお聞きしたのですが……」
「ルル、ライアンの事は知る必要はないんだよ」
ルルの話を遮り、ライアンの話を強引に切り上げようとしたが、ジョージの追撃はなおも続いた。
「アラン殿にそう言われては、ライアン殿も流石に可哀想でしょう。いつもアラン殿からは冷たく扱われ、目の前で他の女性とデートしている光景を見せられても、ひたすらあなたを慕っているというのに……」
「ハハハ! デ、デートなどと……あれは道を案内していただけで少々話が大げさなのではないですか……ジョージ殿。と、とにかく過去やライアンの事はどうあれ、今の俺は森に残してきた、ヴィリーの代わりに、彼女の「犬」になると誓った身なので、立派に番犬としての使命を果たすまでです」
真面目な顔をして、とんでもない事を口にしたアランに、さすがのジョージも次の言葉を探すのに時間がかかった。
そして、そんなアランの膝の上で、顔を真赤にしながら縮こまる少女に気の毒そうな視線を送る。
(これは、また。お嬢さんも、大変な男性に惚れられたものですね……)
ジョージはため息をつきながら、普段アランの引き止め役のルーカスの大変さをしみじみと実感していたのだった。
ただ、今のところ目の前の少女の様子から、ルルがアランからの想いを正確に理解しているとは思えなかった。
それなのに今の段階からこうも暴走かつ偏った愛情に束縛されては、この心優しい少女の成長に影響を及ぼしかねない。
それからの道中、ジョージはあの手この手で引き剥がそうと奮闘していたが、徹底して跳ね除けるアランの姿に、ある意味番犬としての才能はあるようだと、ジョージはうっかり変な感心をしたりもした。
そんな馬車内での攻防の様子に、御者台にいたルーカスはジョージの苦労に対して感謝でいっぱいであった。




