ほんの少し前を向いて 6
穏やかな声と共に現れたその姿に、アランはギクリとした。
しかし、壮年の男性はそんなアランにかまうことなく、ルルの目の前にくると片膝をついて少女の目線と同じ高さに合わせて名乗った。
「直接、お目にかかるのは初めてですね。王都から派遣されてルグミール村の水路事業を任されていますジョージです。諸々の事情はお聞きしていたのですが、こんなに可愛らしいお嬢さんとは……。水脈の発見に手間取って、あなたには何かと苦労をおかけしてしまい、本当に申し訳ありません。引き続き尽力しますので、いましばらく時間の猶予をください」
ジョージは謝罪の言葉と共に、目の前の少女に深々と頭を下げた。
指導役として派遣されてルグミール村を訪れた際、警備隊のルーカスやアラン、そして村の長から他言無用という事で事情を聞いたジョージは、一度その少女に会い話をしたいとは思っていたが、今は少女のためにも一刻も早く水路事業を進めようと仕事に邁進していた。
しかし、思うような結果は得られず、そのうち村の雰囲気もあまり良くなくなっていき、とうとうその少女が森に移り住むことになった事態に、少なからず責任を感じていたのだ。
しかし、落ち込んでいる場合ではない水脈発見が解決の最善策だと判断して、ひとまず水路事業が軌道に乗せてから、あらためて森の家に住む少女に侘びに行こうと考えていたのだったが、今回の王都行のため少女が森から出てくるという事を聞き、ルーカスに頼みこうやって謝罪の機会を設けてもらうことにしたのだった。
「そんな……ジョージ様が謝るような事は何もありません。どうか、これからもルグミール村をよろしくお願いします」
そう言って頭を下げる少女の姿に、ジョージの心はほんの少し軽くなったような気がした。
ルーカスとアランから時々様子を聞いていたが、噂に違わずとても気の優しい子だと改めて思った。
そして、休み時間や休日と空き時間を見つけては、足繁く森へ通うルーカスとアランの姿によほどその少女を心配しているのだと思っていたが、どうやらそれだけではなかったようだと、目の前の少女を見て、二人の青年が森へと通う気持ちが分かったような気がした。
「初めまして、ルルと言います。薬師の仕事をしています」
ルルはまだ自分が名乗っていなかった事に気がついて、ペコリと頭を下げて挨拶すると、穏やかな笑みをさらに深めてジョージが口を開いた。
「ご丁寧にありがとうございます。とても若いのに腕の良い薬師だと聞いています」
「そんな、まだまだ勉強中の身です……でも、もっと頑張って両親のように立派な薬師になりたいと思っています」
褒め言葉にも、そういったルルの謙虚さに、あらためて好印象を持ったジョージだった。
「なるほど、こんなに優しくて愛らしいお嬢さんなら、王都で浮き名を流していたアラン殿がご執心なのも頷けますね」
「うっ……」
和やかにあいさつを交わしているかと思っていたら、ジョージからの思わぬ口撃を浴びせられたアランは言葉に詰まってしまった。
(先程、勝手に名前を出し責任を押しつけた仕返しだろうか……)
ちなみにジョージは、以前から王都で報告に来るアランとルーカスとは度々顔を合わせていたので、会えば近況を話したりする仲でもあった。
ただ、顔を合わせなくても警備隊の中でも特に人気の高い二人だったので、女性達の噂の的でもありその様子はたびたびジョージも耳にしていた。
特に、アランの方は、若い娘から壮年の女性まで、幅広い年齢の女性達からの猛烈なアプローチが絶えない状態だったが、浮き名を流しながらも良く言えばクールに、悪く言えば何処か冷めたように振る舞っていた事を知っているジョージは、先程の少年にまで大人気なく嫉妬するアランをみて、とても驚いたのだった。
そして、今も先程の自分の仕返しに言った事に対して、少女にどう言い訳をしようか慌てふためいている青年の姿を見て何やら察した様子だったが、そんなアランをよそにジョージは涼しい顔をしながら、ルルの手を取るとスマートに馬車へエスコートした。
「今日は、私も報告に行かねばならないので、王都までご一緒いただけますか?」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
初めて会ったのだが、ジョージのその穏やかな雰囲気にルルはあまり緊張したり、人見知りしたりすることもなく、自然にそう返事をしていてジョージから素敵な誘いを受けたのだった。
「一度、お嬢さんから森の生活を聞いてみたいと思っていたのです。よろしければ、道中お喋りに付き合ってください」
「も、もちろんです。私なんかでよければですけど……」
さらに、思っても見ない提案をされたルルは喜んで返事をした。
しかし、自分はおもしろく話せたり出来ないし、つまらなかったらどうしよう、ルーカスやアランだったらよく訪ねてきてくれているから、森の事も少しは知っているし二人から聞いた方が……。と不安に思っていると、そんなルルを安心させるようにジョージは微笑むとこう言った。
「お嬢さんから、聞きたいのです」
その言葉にルルは嬉しくなった。そして、そんなジョージに対してほんの少し勇気を出してルルもお願いをする事にした。
「あ、あの……」
「はい、何でしょう?」
「あの、私もジョージ様から、王都の話を聞いてみたいのですが……」
「ええ、喜んで。これは楽しい道のりになりそうですね」
普段、ルーカスとアランからも王都の話を聞いていたが、聞いても聞いても次から次へと話題が尽きることがなかったのだ。
それほど大きな街でたくさんの人々が暮らしているということなのだろう。そんな所へこれから自分が行くのかと思うと興味は尽きず、もっと聞いてみたいと思ったのだ。
そんなルルの言葉にジョージが微笑んで了承すると、ルルもほんのり笑みをこぼし、微笑み合いながら馬車へ乗り込む二人だった。
出遅れたアランは、あわててそんな二人の後を追いかけて馬車へと向かった。
「じゃあ、ロッティ、ニコル。王都へ行ってくるね」
「うん。王都は人も多いからぼんやりしてちゃだめよ、ルル」
「あんま、無理すんじゃねーぞ、ルル」
姉弟はルルにそう声を掛けると、ふとルーカスの方に向き直って頭を下げた。
「ルーカスさん、ルルの事よろしくお願いします」
「ルーカス兄ちゃん、あの変態から、ルルの事守ってくれよな」
二人の態度を見る限りアランと違い、ロッティとニコルに信用のあるルーカスだった。
「大丈夫。ルルの事は任せてくれ」
そんな姉弟に、ルーカスはそう言うと、御者台に乗り込んだ。
ちなみに、姉弟は同じく信用のおけるジョージに、ルーカスと同じようにルルの事を頼んでいた。
正直、馬車の中にアランとルルを二人きりにするのが、心配だったのでジョージから謝罪の機会を相談された時に、こちらからも今回の王都行きへ加入して欲しいと頼むと快く引き受けてくれたのだった。
ジョージならアランの扱いも上手いだろうと、ひと安心のルーカスだった。




