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ほんの少し前を向いて 3



 王都へ行く準備に追われ慌ただしくも、何だかワクワクとした心持ちのルル。


 しかし、出発予定日が近づいたある日、忙しさも一段落つくとルルはふとある疑問が浮かび、今ではもうほぼ毎日、当たり前のように訪ねて来ているルーカスとアランに聞いてみた。


「あの……王都の宿屋には、ヴィリーも一緒に泊まれる部屋があるのでしょうか?」


「え!?」


「あ〜……」


 二人はルルからそう質問されて、初めてヴィリーをどうするのか考えていなかった事に気がついた。

 王都へは、自分達が馬で駆ければ日帰りも出来る距離ではあるが、馬に乗った事のないルルを乗せることは無理なので、荷馬車で移動することにしていた。

 そのため王都で1泊……もしルルがもっと王都を見てみたいと言ったのなら2泊してから、この森に帰るという行程を立てていた。


 ルルにしてみれば、ヴィリーとは森に移り住んでからずっと寄り添って過ごしてきたので、当たり前のように一緒に行くものだと思っていた。

 しかし、家族同然とはいえヴィリーは身体も大きいし、はたして王都の宿屋には動物と一緒に泊まれる部屋があるのか気になって、二人に聞いてみたのだ。


「森の生活をはじめてからずっと一緒で、毎日同じベッドで寝ているので出来れば王都でもヴィリーと同じ部屋がいいのですが、身体の大きな犬でも一緒に泊まれるのでしょうか?」


 二人はルルから再度の懇願(こんがん)も込められた質問に押し黙ってしまった。

 ルーカスとアランもヴィリーにはずいぶん慣れており、今ではとても賢くてとびっきり頼もしい「犬」というふうに時々錯覚することもあったが、まごうことなきオオカミなのである。


 いくら人を襲わないからと言っても、人目のある場所に連れて行くことは絶対出来ないのだが、ルルの不安そうに上目遣いで見上げてくる表情になかなか一緒に連れて行く事は出来ないとは言い出せなかった。


「おいアラン、どうする?」


「どうもこうも、オオカミを連れて歩ける訳がないだろう」


「だよな……」


 小声で話し合いをするルーカスとアラン。

 結論から言うとヴィリーには留守番をしてもらう以外方法はないのだが、その事をルルにはどう説得すればいいのか頭を悩ませていると、ふと、ルーカスが何か(ひらめ)いたようにポンッと手を打った。


 そして、ルーカスはルルに頼んで(ブラシ)を借りると、何やらヴィリーを手招きしたのだった。


「少し、大人しくしててな、ヴィリー」


 そう言うと、ルーカスの前で大人しく座ったヴィリーの毛並みを、ブラシを駆使(くし)して何やら、工夫を凝らしはじめた。


 ルルは、ルーカスが何をしているのか分からなかったが、ヴィリーが嫌がっている様子はないのでひとまず静かに見守っていた。

 するとしばらくして、ルーカスが満足気にひとつ(うなず)くと、アランの方へ振り返った。


「おい、アラン。こうすれば、犬に見えるんじゃないか?」


 そこには、いつもより毛並みが逆立った、ふわっふわでもっこもこのヴィリーがいた。

 ルーカスの言葉にアランは目を(つむ)り、一度ヴィリーがオオカミだという事実を頭の中で消し去りして、新たな気持で目を開けてふわっふわのヴィリーを見てみた。


「……いや、やっぱりオオカミだな。普段よりはマシだが」


「……そう、だな。やっぱオオカミだよな」


「……」


「……」


 二人の間に、沈黙が落ちる。

 すると今度はアランがポンッと手を打ち、ポケットからハンカチを出すと、三角にしてヴィリーの頭に頭巾のようにして被せた。


「これならどうだ? ルーカス」


「おぉ! 耳を隠せばだいぶ犬らしくなったんじゃ……」


 一瞬光が見えたが、肝心のヴィリーは耳を塞がれて居心地が悪いのか、すぐに前足で器用に頭巾を払いのけた。


「……」


「……」


 決して、二人はふざけているわけではなかった。ルルの為に何とか策を練ってみたけれど、当たり前の事だが上手くいかなかった。


「ルル、残念だが……王都ではヴィリーのような大きな犬は珍しいから、周りの者がとても驚くと思うんだ。それにとても人が多く、色んな所で目立つ事になるとヴィリー自身もなにかと居心地も悪いだろう。寂しいかもしれないが、今回はのびのびと過ごせる森で留守番をしてもらおう」


 結局、ヴィリーの留守番の決定という判断を下すと、アランは早速全力でルルの説得へと切り替えた。

 しかし、よくもそんなにスラスラともっともらしく聞こえる言い訳が次から次へと思い付くものだと、変わり身のはやいアランをルーカスは呆れながらも、上手くルルが納得してくれる事を願った。


 そうしてルルは多少迷いを見せたもののアランの言う事も充分理解出来たので、最終的にはヴィリーのためを思い留守番をさせる事にした。


 けれど、やはり離れるのはたまらなく寂しくて心細かった。

 すると、しょんぼりとしているルルの様子を見たアランは、おもむろに少女の前に(ひざまず)くと、彼女の両手を取り祈るような格好でギュッと握り締めた。


 そして、アランは真剣な表情をしながらも、とんでもないことを言い出した。


「俺をルルの犬にしてくれ!」


「えぇっ……!」


 アランの(すが)り付くような懇願に、ルルはびっくりして思わず大きな声を出してしまった。

 しかし、そんなルルに構うことなく、アランはなおも言い募った。


「王都にいる間、ヴィリーの代わりは俺が務めよう。必ず番犬として役に立つから大丈夫だ」


「何が大丈夫だ! お前が一番危ねーよ。真面目な顔して、何言い出してんだよっ!」


 ルーカスは慌ててルルの手を握っていたアランの手をはたき落とすと、少女を背に隠した。


「いきなり何をする? 神聖な騎士としての誓いだぞ」


 憤慨(ふんがい)するアランだったが、さすがにルーカスもそんな怪しい誓いの言葉を見過ごすことは出来なかった。


「犬にしてくれなんて、誓いがあるかっー!」


 そもそも、王宮にいる近衛騎士団とは違って、自分達は警備隊なので騎士とは少し違うのだが、王都では昔からしばしば恋人への告白やプロポーズの時には、こういったポーズを取ること多く、ロマンチックな慣習となっていた。


 ただ、ルルにはこんなのが騎士の誓いなどと間違って、覚えられたらたまったものではない。


「はあ? ただ忠誠心を示しただけだろ!」


「なら、他にもっと良い言い方があっただろ!」


 いつものように言い合いを始める二人に、状況が飲み込めずおろおろとするばかりのルル。


 ヴィリーはお留守番を言い渡されて不貞腐(ふてくさ)れたのか長椅子に寝そべると、呆れた様子でそんな光景をただ眺めていた。



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