ほんの少し前を向いて 2
ルルは、ルーカスの祖母が王都で切り盛りしているお店に薬を卸して貰えるように、挨拶に行く事になった。
その際、薬の試供品を持参するために、一体どんな薬を持って行けばいいのか早速考えていた。
「ルーカス様、お祖母様のお店には、普段どんな薬を置いているのですか?」
王都の事を何も知らないルルがいくら一人で考えていても埒があかない。そこで、ルーカスやアランに色々聞いてみることにした。
「そうだな〜。ひと通りは揃えてあるけど、婆ちゃんの店は警備隊の宿舎の近くにあるから、傷薬なんかは売れてるほうかな」
「確かにルーカスの婆さんの店で売っているその薬は効き目はあるのだが……、やけに染みるんで実は苦手な奴も多いんだ」
「まあ、それが良いっていう変わった奴もいるんだけどね。ライアンとか……」
「ルーカス、余計は事をルルには聞かせるな!」
ライアンの名前にアランはすかさず嫌な顔をしながら、ルーカスに釘を差した。
それもそのはず、以前奴がその染みる傷薬を、患部に塗りながら妙な奇声をあげながら喜んでいた様子をうっかり思い出してしまったからだ。
今の今まで忘れていたのに、ルーカスのせいで余計な記憶を呼び起こされたので、いつもの言い合いが始まってしまった。
「なるほど、傷薬ですか……」
しかし、二人から聞いた話をもとに何やら考え込みながらぶつぶつと呟いているルルの様子に、ルーカスはアランとの言い合いを中断し、話を祖母の店にもどした。
「大体、婆ちゃんの所にある薬は、効き目は抜群なんだけど、普通のものより輪をかけて癖の強い薬がほとんどなんだ」
ルーカスはそう言いながら、店の薬を服用した時の事を思い出したのか、少し顔をしかめていた。
正直、しばらく店には顔を出していなかったのだが、とにかく苦い薬がやたら多かったのは覚えていた。
「変人だからな」
アランが遠慮することなく、ルーカスの祖母を一言で表現した。
「おいっ、何さらりとウチの婆ちゃんの悪口言ってんの? ちょっとは口を慎めよ」
「店においてあるのは苦い薬ばかり。しかも、常連客はそれがまた良いなんてのたまう奴ばかりだというのに、さらに苦さを極めたような薬ばかり仕入れてるだろ。そんな店主がまともだと思うのか?」
事実ではあったが、あっさり言ってのけたアランに思わず反論するルーカスに、アランはさも心外だと言わんばかりに、言い返した。
何だかんだとまた言い合いを始めてしまった二人。
いつもなら、ここでルルが慌てて止めに入るのだが、今はそれどころではない様子で、お店に置いてある薬がどんなものがあるのか、どういった薬が売れているのか、そんななかどのような薬なら置いてもらいやすいのか、また必要とされるものは何かを、色々と検討をしながら、持参する薬を絞り込んでいった。
その結果、お店は警備隊の宿舎に近く傷薬がよく売れているというルーカスから聞いた話を参考に、まずは、二人に再会して介抱している時に使用した軟膏の傷薬を持って行くことにした。
既に良く効く他の傷薬はあるが、売れているということはそれだけ需要があるということでもあり、提供の仕方を考えれば上手く入り込めるのではないかと考えていた。
そして、あとは村でも好評だった風邪を引いた時に子どもには人気の飴薬を一緒に持って行く事を決めるた。
こちら自分の得意な薬ということもあり、苦いイメージの強い薬の中では目を惹きやすいかもしれないと考えた。
こうして持参する薬が決まると、ルルは早速準備に取り掛かった。
忙しそうにしながらも、ほんの少し前を向いてどこか張り切って取り組みはじめたルルの姿を見て、ルーカスは秘かに胸を撫で下ろしていた。
先日、ルルに火傷の薬を塗った一連の行動で、彼女にはずいぶん負担を掛けてしまったことをとても気にしていたのだ。
あれから心配で何度か様子を伺ってはいたが、やはり少しの間、目線を逸らされてしまいギクシャクとしたように感じていた。
まだ自分では、見る事も、触る事も出来ないと言っていたルル。
それまで、自分が変わりに薬を塗ってあげるつもりだった。
それをあれから少し日を置いて落ち着き始めた頃合いを見計らってルルに告げてみたが、少し顔を伏せたままで返事はなかった。やはり、そう簡単に心の傷が癒える事はない。
だが、最初の時ほどの拒絶もなかった。少しは前進しているのかもしれないと信じて、ひとまず無理強いはせず、根気よく見守る事にしたルーカスだった。
しかしルルの方はというと、ルーカスの申し出に返事をしなかった事について、少し別の理由があったのだ。
ルーカスは自分の変わりに薬を塗ってくれると言ってくれたけれど、火傷の跡を見られるのはまだまだ抵抗はあるし、その度に恐怖心と辛い気持ちが呼び起こされて苦しい思いをするのはもちろん嫌なのだが……。
ただ、それだけではなくて……。
ルーカスに薬を塗って貰うという事は、またあんな風に抱きしめられて、ルーカスの前で胸をはだけさせるという事だ。
ルルはその時の光景を想像するとたまらなく恥ずかしくなって、ルーカスのせっかくの言葉に、顔が赤くなるのを見られないように、咄嗟に顔を伏せてしまったのだ。
嫌だという気持ちは無くならないが、こういう事を気にする事が出来るようになったといいう事は、前よりかほんの少し小さくなっているのかもしれないとルル自身も感じていた。
しかし、そのぶん別の羞恥心みたいなものが変わりに増えたような気がして、ルーカスの申し出を、拒否することも素直に受け入れることも出来ないでいたのだ。
けれど、ルーカスは今回それ以上の無理強いはしてこなかったので、しばらくは静かに見守ってくれるのかもしれないと思い、ルルはひとまずホッとしたのだった。




