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ほんの少し前を向いて 1



「私が王都に? ですか」


 ルルは、ルーカスの言葉に思わず首を(かし)げた。すると、ルーカスも同じように首を傾げてルルの視線を追っかけてくる。


(うぅ……)


 どうにも、ここ最近ルルはルーカスと目が合うと何だかざわざわとした気分になって、スッと目線を避けるようになってしまっていた。

 けれど、ルーカスはそれを逃してくれない。お互いその事を口にすることは出来ないまま、何故か静かな攻防が続いている。


 正式に森の家へと招待してから、アランもルーカスもそれまで以上に差し入れを持ってはルルのもとを頻繁(ひんぱん)に訪れていた。

 それは、警備隊の仕事の方は大丈夫なのかと、思わずルルの方が心配するくらいだった。

 しかし、二人との交流が当たり前のようになって行く日々は、ルルの笑顔を増やしてもくれていたのだ。


 そして今日も、二人は休憩時間を使ってヴィリーの案内で森の家に来ていた。

 ただ、先程ルーカスから「話がある」と言われた時は、正直この前の事を思い出し少し身構(みがま)えてしまったルルだったが、今回は意外な話であった。


「そう。ルルちゃんて、今は村の長から頼まれた分しか、薬を作っていないって言ってたよね?」


 ルーカスの視線を避けるように、ルルは今度は反対側に首を傾げたが、ルーカスも同じ様にしてついてくる。

 居心地の悪さを感じ少し目を泳がせながらも返事をするルル。


「……はい。今はおじいちゃんからの手紙に書かれた薬と、後は勉強用のものしか作っていません。前は、時々行商のおじさんに頼んで、近くの村や王都にも売って貰っていたので、少しだけ多めに作っていたのですが……」


 そこまで言ってから、ルルは少し顔を(うつむ)かせた。


 ルグミール村の人達と溝が出来て、森の中に移り住んだ状況なので、もちろん今は行商のおじさんに頼む事もなくなっていた。

 だから今は、たまに村の長からの手紙に書かれている薬を調合して、森の出入り口にある郵便箱の中に置いておくと、何日後かに代金の硬貨を入れてくれていたり、時には硬貨の代わりとして食糧が入っている事も多かった。


 ちなみに最近は、森の中の家まで来てくれるルーカスとアランに、運んでもらう事が多くなっていた。


「今のところ、うまく自給自足の生活が出来ているから大丈夫だろうけど、お金はやっぱりあった方が良いと思うんだ」


 確かに、今は手持ちの硬貨が少なくても、生活に困るという事はなかった。

 以前は、ロッティに生活に必要な物を頼んでいた時など、薬はもちろん、畑でハーブを育てお手製のハーブティーを作ったりして、それで物々交換したりする事も多かった。


 それに近頃は、ルーカスとアランからの差し入れで以前より生活が向上している状態だった。

 しかし、いつまでも二人に甘えているわけにもいかない。


 そして、今は両親の(のこ)してくれたノートや本があるが、欲を言えば薬の勉強や研究のための新しい本や器具なんかも欲しいと思っていたところだった。

 王都に行けば、新種の薬草の本とかあるかもしれない。

 しかし、それを購入するとなると、ルーカスの言うように硬貨が必要となってくるので、やはり今よりお金を稼ぐ手段を見つけなければと、考えていたのだった。


 ルルが黙りこくったまま色々と思案していると、ルーカスは前々から考えていた話を持ち掛けてみた。


「だから今度、ルルちゃん自身が王都へ薬を売りに行ってみない?」


 正直ルーカスの提案に、ルルは心を動かされていたが、同時に不安もあった。


「でも、私が王都へいきなり行っても、ツテとかもいないですし……」


 以前は、行商のおじさんに作った薬を渡すだけで良かったのだが、自分で薬を売るにはどうすればよいのかルルには分からなかった。


 街ゆく人に声を掛けて売り歩くのだろうか。もしくは、どこかのお店に置いてもらうのか、そうだとしてもルルに王都の知り合いは一人もいないのである。

 田舎の村から来た少女が、突然お店に飛び込みで行っても、そう簡単には行かないだろう。


 しかし、ルーカスはただむやみに提案した訳ではなく、そんなルルの不安を事前に予想していた上で、ちゃんと薬を売る手配を用意していた。


「そこでなんだけど、前にも一度話したと思うけど、俺の祖母が王都で店をやっていて、日用雑貨なんかと一緒に薬も売ってたりしているんだ。だから、そこにルルちゃんの薬を(おろ)してみないかなと思ってるんだけど」


「本当ですか? それは、とてもありがたい事なのですけれど……」


 願ってもない申し出に、思わずパッと顔を輝かせたルルだったが、それも束の間だんだんと声がしぼんでいった。

 その様子に、ルーカスの隣でヴィリーの相手をしていたアランがどうしたのかと聞いてきた。


「何か心配か、ルル? ルーカスは信用ならないかもしれないが、ルーカスの婆さんの店は大きくはないが王都でも老舗で、信頼のある評判の店だから大丈夫だ」


「お前……。店を褒めてくれるのはありがたいが、俺を引き合いにだすなよ! でも、まあアランの言う通りしっかりした店だから安心していいよ」


 アランに文句を言いつつ、不安そうな顔をしているルルを安心させようとそう言ってみたが、その言葉にルルは、さらに縮こまったような様子で、やがておそるおそる口を開いた。


「あの、そんなお店に、私なんかの作った薬を置いてもらっても良いのでしょうか?」


「え?」


 それはルーカスにとって予想外の質問だった。


「私の薬は、薬師をしていた両親の遺してくれたノートを参考に作っています。両親は素晴らしい薬師でしたが、私はまだ経験も浅く、独学ですし……。そんな私の薬を置いて、もしお祖母様のお店の評判が落ちたりしたら……」


 ルルの心配に、思わず顔を見合わせるルーカスとアラン。


 二人は薬そのものについては詳しくはないが、警備隊に所属しているので、普段から体を鍛えているとはいえ、何かと擦り傷などの小さな怪我も多いし、急な体調不良に備えて薬は欠かせないものだった。

 だから、最初に森で出会って介抱してもらった時の事を思い出すと、ルルの薬はかなり効き目があると二人は実感していた。


「ルルちゃんの薬は、俺達が保証するから大丈夫だよ」


 ルーカスが力強くそう言うと、アランも同意するように大きく頷いてくれた。


「ただ、うちの婆ちゃん、どんなに良い商品でも、実際に会って気に入った職人からの商品しか店に置かないんだ。だから、一度王都へ一緒に行って、婆ちゃんに会って欲しいんだけど」


 商売するうえで、人と人との信頼関係もとても大切だと思うから、きちんと挨拶に行かなければならないのは当然の事である。

 ルーカスの祖母に自分が気に入って貰えるかどうか、自分の薬を置いて貰えるかどうか分からないけれど、やる前から諦めては何も始まらないと思った。


 それに、ルルは王都へ一度も行った事がなかったので、王都そのものへの興味もあった。

 そうしてルルは自分の考えが決まると、改めてルーカスに向き合い頭を下げた。


「ルーカス様、よろしくお願いします」


「よし! 王都行きは決まりだね」


 ルルの言葉に、ルーカスは笑顔になった。


「ルルなら大丈夫だ。自信を持っていい。俺も王都へは一緒に行くから安心してくれ」


 アランも笑みを浮かべながら、ルルを励ましてくれた。


「お二人とも、ありがとうございます。私、頑張ってみます」


 不安もあったが森の中で住んでいる自分に、こんなチャンスは二度とないかもしれないのだ。

 だったら、後悔しないように精一杯挑戦してみよう。


 森に移り住んでからも一生懸命に生活してきたが、どこか心に影を落としていたルルだった。


 しかし、今回の件で久しぶりに何かに挑戦したいという気持ちが芽生えて、ほんの少し胸が踊っていたのだった。



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