それは、花のように 9
「えへへ……、お姫さまみたい?」
ルルは隣で寝そべっているヴィリーに向かって、はにかみながら聞いてみた。
しかし、ヴィリーには薔薇の匂いが強いのか、しきりにフガフガと鼻をひくつかせていた。
今日は、ルーカスとアランを昼食に招待し手料理を振る舞い、その後色々あったけれど、無事に二人を森の出口まで送り届けて、家に帰るとかなり疲れてしまっていたのか、やりたい事もいっぱいあったが後片付けなどルーカスやアランに手伝ってもらって済ませていた事もあり、あとは明日にする事にして今日はそうそうに休むことにしたのだった。
しかし、今夜はせっかくアランとルーカスから素敵な薔薇を貰ったのだから、じっくり愛でずにすぐ寝てしまうのはもったいないような気がして、思いっ切り堪能したいと思ったルルは、大小様々な桶に活けてある薔薇に囲まれたような居間の長椅子で眠る事にしたのだった。
昼間に見る薔薇も素敵だったが、窓から月灯りに照らされた薔薇もハッとするほど綺麗だ。
こうやって花の香りに包まれて眠っていると、小さいころ母が読み聞かせてくれた絵本の中のお姫様になったような気分だった。
――何だか色々あったはずなのに、あっという間の一日だったな……。
「今日は、楽しかったね。ヴィリー」
ルルは横になるとどっと一日の疲れが押し寄せてきたのか少しうとうとしながら、今日の出来事を振り返りヴィリーに語りかけた。
「二人とも美味しいって、いっぱい食べてくれて嬉しかったな。ヴィリーが見つけてくれた山菜も、アラン様がもりもり食べてくれてたね。ふふっ、あんなにたくさんの山菜良く見つけてくれたね。ありがとうヴィリー……」
「そのあとね……」
モフモフの体を撫でながら、話を続けているとルーカスとの事を思い出しふと言葉が途切れてしまった。
けれど、何気なくヴィリーの顔をみると、昼間アランと存分に遊んでもらって満足しているのか、いつもよりまったりと眠たそうな顔をしていた。ヴィリーにとっても楽しい1日だったようだ。
それがルルの心を和ませてくれた。
そんな幸せそうな愛犬の顔に何処かホッとさせられて、またぽつりぽつりと語り始める。
「ルーカス様に火傷の薬を貰って……。あの時の辛い事を思い出して、いっぱい泣いたの。怖くて、悲しくて、いっぱい、いっぱい泣いたの……」
思い出したくない部分に、強引に目を向かされてルルの心は悲鳴を上げていた。
何度も嫌だと言ったのに、ルーカスはやめてくれなかった。
けれど、ずっと泣く事が出来なかったルルに、泣いてもいいと言ってくれたのはルーカスが初めてだった。
その間、ずっと背中を撫でていてくれていた。
ずっと側にいてくれた。
あんなに、安心して泣いけたのはいつぶりだろう。
怖くて辛い出来事も、悲しい気持ちもまだルルの中に纏わりついているけれど、同時に、ルーカスの温もりもルルの全身に残っていた。
不意にルーカスの言葉が蘇る。
――薔薇の花みたいだね。
火傷の跡をルルはまだ自分で、見る事も触れる事も出来ない。
けれど、あんなに怖くて辛くて痛みの記憶も一緒に胸に醜く刻まれた焼印の跡なのに、今日薬を塗ってもらった時のルーカスの指先の感触や言葉を思い出すと、何だかキュッと胸が締めつけられるような気がした。
しかしそれは、灼けつくようなあの時の痛みを思い出したのではなく、たとえば木洩れ日がその部分に注がれているような、何だか胸の真ん中がじんわりと温かい感じがするのだった。
ルーカスの言葉をすぐに受け入れることが出来なかったが、それでも花に喩えてくれたことがルルはたまらなく嬉しかったのだ。
嬉しくて、嬉しくて胸がいっぱいになっていた。
「ヴィリー……すごく怖かったの、悲しくてあんなに泣いたのに。でも、何でかな……少しだけ嬉しい気持ちがねあるの。あの時の事まだ忘れる事も出来ないけれど、ルーカス様をね……と、……嬉しいの」
アランからもらった薔薇の香りとルーカスの優しさと温もりに包まれ、いつか自分の目でこの傷を見ることが出来る日が来るのだろうかと考えながら、いつしかルルは眠りに落ちていった。




