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それは、花のように 8



「わぁぁぁっ!」


 開いた扉の前にいたアランの姿に驚き、思わず悲鳴を上げたルーカスとは反対に、アランはピクリとも表情を動かさずに、ちらりと薄暗い寝室の様子を横目に見ると、そのまま静かに口を開いた。


「ほぉ、ご丁寧にカーテンまで閉めて何をしていた? ルーカス」


「お前が想像してるような事は、何もしてないよ……」


 本当にやましい事は一切していないのだが、かといってルルにとってはデリケートな問題だ。

 アランと言えど、ここでベラベラと説明する事は出来ない。


「では、ルルの目が赤いのは何故だ?」


「それは……」


「歯を食いしばれ! 一発で許してやる」


 なんで、アランの許して貰わなければならないのか納得はいかないが、本当はこうなることを期待もしていた。


 もし、ルルが今回の件で、ルーカスの予想よりも遥かに激しく拒否を示したら、もちろん中断するつもりだった。

 しかし、そうなったところでルーカスは、また機会を見て同じ事をルルに言うつもりだった。

 けれど、その度にルルには嫌な記憶を思い出させる事になる。もしかしたら、ルーカスを見るだけで負担になるかもしれない。


 その時は、アランにルルのケアを任せようと思っていた。アランなら彼女を思う存分慰めて、甘やかせてあげられるだろう。と、そんなふうにも考えていたのだ。


 ただ最初にそれをアランに相談するつもりはなかった。猛反対するのは目に見えていた。

 アランとて事情は充分理解していても、ルルを泣かせる事に、賛成をするとは思わなかった。

 そうなれば、後は堂々巡りで時間ばかり過ぎて行く。


 時間も薬だと思う。けれど、辛いものを抱えながら過ごす時間は少しでも減らしてやりたい。時間が経てば経つほど、深く根付いてしまう事もあるのだ。

 だから、せめて何処かでルルの辛い思いを吐かせてやらなければとそう考えていたのだ。


 けれど、正直今のルーカスはルルを泣かせてしまった事への罰を受けたい気分でもあった。

 ここは大人しくアランに殴られておこうと、素直にぐっと歯を食いしばった。すると、後ろからルルが慌てて止めに入った。


「アラン様、待ってください。ルーカス様は私に酷い事なんて、何もしていません」


 さっきまであんなに震えながら泣いていたはずのルルの声が、思いの外しっかりとしていて、ほんの少しホッとしたルーカスだったが、次の言葉に不覚にもギョッとしてしまった。


「泣いていたのは、ルーカス様のせいではありません。私がすごく怖がっていたのを、ルーカス様が抱きしめてくれて……慰めてくれて、すごく優しくしてくれたんです」


「あぁっ〜! その言い方はちょ〜と……別の誤解をされちゃうから、気をつけようね、ルルちゃん」


 素直なルルらしい擁護だったが、言葉が足りない。

 しかし、先程泣かせてしまった事もあり妙に優しく諭すルーカス。余計怪しい感じになってしまっている。


 その様子を見ながら、アランは何となくルーカスが行おうとしていた事情の察しはついていた。

 思う所もあるが、ある程度の理解もしている。


 けれど、行動を起こした本人であるルーカスがらしくない情けない表情をしていたから、もっともらしい理由をつけて、一発活を入れてやろうと思っただけなのだが、ルルの言葉に途端にドス黒い怒りのオーラを纏い始めた。


「違うからな! アラン! 決してやましい事はしていない」


 正直、長い付き合いだからルーカスの言う事が、本当だというのは分かるが、何故だか無性に腹が立って仕方がなかった。

 しかし、むかついからと言うだけで、殴ってはルルに良い印象を持ってもらうのは不可能だろう。


 すると、ふと思いついたように(かたわ)らにいるヴィリーに聞いてみた。

 ヴィリーなら、(ルル)のために公平な判断を下してくれるはずだ。


「ヴィリーは、どう思う?」


 アランがそう言うと、ヴィリーはルルを注意深く眺めたあと、ルーカスを一瞥(いちべつ)しただけで特に何をするという様子はなかった。


「そうか。今回は見逃してやる」


 ヴィリーの反応に意外にもあっさりと引き下がったアラン。


 その後、ヴィリーにルルを託して、寝室を後にした二人はそのまま家の外に出る。

 森の澄んだ空気がルーカスの気持ちをほんの少し落ち着かせてくれた。


「おい、いいのか……? アラン」


 最初から、ルーカスは殴られるつもりだったし、普段のアランならさっき殴っていただろう。

 けれど、あまりにもあっさりと引いたので不思議に思いルーカスがそう聞くと、アランは本当にもうそんな気がない様子だった。


「ヴィリーが何もしなかったのなら、大丈夫だろう」


「……なあ、ルーカス。少しは前を向く気になったか」


「……」


 アランからの不意な問いかけに、ルーカスは難しい顔をしただけでいつかと同じように返事をすることはなかった。

 しかし、どこか躊躇(ためら)っているような様子に、この前の沈黙とはあきらかに雰囲気が違っていると感じたアランだった。


「お前が遠慮しようが、どうしようが関係なく、俺がルルを守るのには変わりない。ただ、中途半端な優しさでルルを傷つけるような事はするなよ」


「……分かってる」


「それならいいんだ。俺は先に戻るぞ」


 アランは家の中に戻ったが、ルーカスはそのまま草っ原に寝転び、空を仰いだ。

 そして、アランの言葉を反芻(はんすう)しながら、もう一度心の中で呟いた。


 ――分かってるよ。



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