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それは、花のように 7



「薔薇の花みたいだね」


 一瞬何を言われたのか分からなかった。

 けれど、そう言いながら火傷跡に優しく薬を塗り込んでくれるルーカスに、ルルは咄嗟に否定した。


「嘘!」


 ——そんなわけない。


 下手な慰めなんかいらない。

 焼印を押されてから、一度も手当なんかしなかった。


 肌もたぶんぐちゃぐちゃで引きつっているだろう、その跡が薔薇の花みたいなんて……そんな事あるわけがない。

 自分の傷すらまともに見れないからといって、そんな見え透いた優しさなんていらない。


 ——いらない……!


 ルルは、急に火傷の跡を隠すように身を(よじ)り始めた。

 しかし、ルーカスはそんなルルを力強く抱き止めた。


「嘘じゃない。ほら、この中心部分はまだ開いていない蕾のようで、ここから徐々に花が咲くように、外側は大きく開いた花びらがみたいだよ」


 ——アランが持って来た薔薇にみたいだよ。


 藻掻(もが)くルルをよそに、焼印の跡に薬をゆっくり塗り込みながら、それを花に(たと)えていく。

 ルルが、嘘だ、嘘だと何度否定しても、そんな頑なな態度を(ほぐ)すように、ルーカスは言葉を紡いでゆく。


「ルルちゃん、少し上を向いて目を開けて。俺の顔を見て」


 しばらく身を捩っていたがルーカスの力には敵わないと分かると、ルルはやけくそにも似た気持ちで、言われるまま、その場所を決して見ないように、ぐっと上を向いてそっと目を開いた。


 目の前には、紅茶のような赤髪と榛色(はしばみいろ)の瞳、穏やかなそれでいて真剣な眼差しをしたルーカスの顔があった。


「俺が、嘘をついているように思う?」


 自分に同情しているだけだ。

 だから、優しい嘘をついているんだ。


 ——そんなの絶対、信じられない。


 そう言いたかったのに、ルーカスの瞳には何の(あわ)れみのなく、ただ真実を告げているというふうに物語っていた。

 こんなルーカスの顔を見たら、ルルは嘘だ思いながらも、ルーカスを疑う事も出来なくなってしまった。


 いまだ自分では見ることが出来ないルルは、本当はどうなのか分からない。

 分からないから、ルーカスのその言葉に(すが)ってしまいそうになる。


「ほんとう?」


「本当だよ」


 おそるおそる聞いてくるルルに、ルーカスは子どもに言い聞かせるように、緑の瞳を覗き込みながらゆっくりと囁く。


「うそじゃない?」


「嘘じゃない。俺がルルちゃんに嘘なんて付くわけがない」


 そう言って、安心させるようにルーカスがほの少し笑うと、不意にルルの頬に暖かいものが通り過ぎていった。


 いつの間にかまた涙がこぼれていた。

 そして、それをルーカスは優しく拭ってくれた。


 それから、しばらくルルはルーカスの胸の中でまたしばらく泣いた。


 ルーカスの言葉を信じたい。

 けれど、それが本当かどうか確かめる事はまだ出来ない。自分で火傷の跡を見る勇気はすぐには持てなかった。


 泣き止んだルルは、そんな事を途切れ途切れになりながらもルーカスに伝えると「いっぺんに無理はしなくていいよ。少しづつでいいから。今日はすごく頑張ったね」とルルの頭をポンポンと撫でてくれた。


「じゃあ、ボタンしめるから、また目を瞑っててくれる?」


 そう言われて、大人しく目を閉じるルルだったが、外された時は混乱と恐怖でそれ以外は何も考えられなかったのに、少し気持ちが落ち着いた今、ルーカスのその行為に、急に恥ずかしくなってしまった。

 ルーカスと出会ったから、だいぶ仲良くなったと言っても、大人の男性にこんな姿を見せていたなんて……。


 でも、ルーカスは最初に変な事なんか考えていないと言っていた。

 そうだ、これは私の心の傷を少しでも癒やそうとした、治療の一環なんだと、ルルは恥ずかしさを紛らわせるために必至でそう自分に言い聞かせていた。


 一方ルーカスは、後悔こそしてしてはいなかったが、ルルの涙に胸を痛めていた。

 一緒に受け止めるなど、自分が言ってきた事にウソ偽りはなかったが、やはりルルの泣き顔は(こた)えた。


 さっきまであんなに楽しく過ごせていたのに……。


 そんな時間に自分が冷水を浴びせたようなものだ。

 今日でなければと思っていたはずなのに、何も今日でなくても、たまたまアランが都合よく席を外したから、本当はもっと時間を掛けてあげれば良かった……そんな思いが、あとから、あとからルーカスの胸に押し寄せていた。


「うん。ちゃんとボタンしめたから、もう目を開けてもいいよ」


 ルルの身なりを整えてそう言うと、彼女が目を開ける前にくるりと背を向けた。

 先程までとは打って変り、今の自分の顔を見られたくなかったのだ。

 言い出したのは自分の方なのに、こんな顔をしているなんて知られたら……。


 ルルは優しい子だから、さっきまで自分が泣いていても、そっちのけで他人の心配をするのだろう。

 きっと気を遣わせてしまうことになる。


「落ち着いたら出ておいで。アランもそろそろヴィリーと一緒に外から帰ってくるかもしれないし、先に行くよ」


 ルーカスはそれだけ言うと、そのまま振り向かずに寝室の扉の開けようとした。


 しかし、ドアノブを掴む前にスッと扉が開き、目の前には無表情のアランが立っていた。



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