それは、花のように 6
最初はルーカスの提案を拒絶していたルルが、ほんの少し自分に身を預けてくれたようにもたれかかってくれた。
ルルの辛さを消してあげる事も、かわってやることも出来ないルーカスは、何度も大丈夫だと声を掛けて、強く……そして優しく抱き締めてやることしか出来なかった。
けれど、それでも何らかの効果はあったのか、しばらくするとまだぐずってはいるものの、さっきよりは落ち着いてきた様子のルルにルーカスも少しだけ安堵していた。
そんなルルも、抱きしめられた胸の中で、聞こえてくる規則正しいルーカスの心臓の音に何処か安らいでいた。
強張っていた体も、ルーカスが何度も優しく背中を撫でてくれるうちに、ほんの少しずつだが力が抜けていった。
そんなルルの様子に、細心の注意を払いながらルーカスが話し掛けた。
「ルルちゃん、火傷の跡を見せてくれる? 俺に薬を塗らせて」
ルルは咄嗟に首を横に振ったが、先程の頑なさは感じられなかった。
「まだ、怖くて自分では見れないよね。目を瞑ってていいよ。不安ならもっと俺にしがみついてて大丈夫だからね」
再度そう呼び掛けると、ルルはぎゅぅっと目を閉じてルーカスの胸に顔を埋めた。
明確な返事はなかったが、その仕草に拒絶されているわけではないと分かると、ルーカスはそっと、ルルのシャツのボタンに手をかけた。
ルーカスの指がゆっくりと一番上のボタンを外そうとすると、少女の身体がビクリと震えた。
思わずルーカスの胸に潜り込むようにルルが顔を押し付けると、ルーカスはボタンから手を離してルルの背中を撫でた。
しばらくそうしてやると、またルルの身体の強張りも溶けていき落ち着きを取り戻すと、ルーカスはまたボタンを外しに掛かった。
おそろしく時間がかかったが、それでも根気よくそれを繰り返しながら、一つずつゆっくりと外してゆき、4つ目のボタンがプツリと音を立てると、ひんやりとした空気がルルの胸のすき間を撫でた。
「だめ……。ぐちゃ、ぐちゃの肌、汚い……」
その瞬間ルーカスの目に触れたであろう、焼印の跡を想像してルルは思わずそう呟いた。
――怖い、醜い、汚い、嫌だ、見ないでっ……!
ルルの心は贄の件とは違う、純粋に傷跡を恥じる別の暗い感情が駆け巡った。
その時、コトリと音がした。ルーカスが薬の入った容器の蓋を開けた音だったが、それが何の音かも考える余裕もないルル。
すると、ほんの少ししたあと胸の「その」部分にひやりとした何かが当てられた。
「……っ!」
その感触に驚いて声にならない悲鳴を上げ、ひときわ強くルーカスのシャツを掴んだ。
ルーカスは片手で力強くルルの後頭部を自分の胸に抱き寄せて、火傷の薬を掬った方の指は優しく、労るように、慈しむようにルルの胸に刻まれた傷をなぞる。
何度も丁寧に、丁寧に塗り込んでくれるルーカスの優しい指の感触に、まだ、怖くてルーカスの胸に顔を埋めたままだが、次第にルルも落ち着きを取り戻していった。
そうすると、今度は無言で薬を塗るルーカスに対して、その沈黙がたまらなく怖くなった。
何も言って欲しくないのに、何も言われないという事は、言葉を失うほど醜い傷跡なのかという不安が押し寄せる。
手当もせず見て見ぬふりをしていたのは自分だが、やっぱりその傷の事は女の子としてどうしようもなく悲しく思ってしまうのだった。
そんな、時だった。ふいにルーカスから息が漏れた気配がした。
――笑われた。
ルルがそう思った瞬間、カッと体が熱くなったかと思えば、サァーと血の気が引いていくような感覚に襲われた。
――やっぱり、汚かったんだ。酷い火傷跡なんだっ!
普段ならルーカスが決して傷を笑うようなそんな人ではないとわかるはずのルルも今だけはそんな余裕はなく、恥じる気持ちや怒り、そして絶望の感情に支配されそうになった。
ところが、ルルの気持ちが沈み込む寸前に、ルーカスから意外な言葉が飛び出した。
「薔薇の花みたいだね」




