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それは、花のように 3



「ごめんなさい。すごく素敵なのに、こんな(おけ)しかなくて……」


 ルルが申し訳なさそうにそう言うと、大小様々な桶に分けて活けた薔薇を見て、思わずうつむいてしまった。


 王都では、街中に張り巡らされた水路の水は、人々が利用したそのあとは、農作物のために使用されていた。

 おかげで、観賞用の花が栽培されるのも珍しくなくなり、王都に住む一般市民にも徐々に手が届くようになっていた。


 そこで、ルルからの招待を受けると、お礼のプレゼントにはぜひ、花束を贈ろうと考えていたアランは、ルルの家に井戸があるとはいえ、ルグミール村地方ではまだ貴重なため、花のための水をも一緒に王都から運ぶという徹底ぶりだった。ちなみに、その水はルーカスが運ばされていた。


 しかし、残念ながらルルの家には花瓶(かびん)がなかった。


 その事をうっかり失念していたアランは愕然とした。

 だが、これほど大きい薔薇の花束を活ける花瓶など、王都でも王宮か貴族のお屋敷くらいにしかない事は、あともう少し考えれが至れば良かったのだが、時はすでに遅かった。

 しかも、ルーカスの指摘どおり、ルルの慎ましい家には、いささか場所を取り、綺麗なのだが、若干移動するのに邪魔になっている感じでもあった。


「こっちこそ考えがおよばなくて、すまなかった。ルーカスに花束を贈るなら、大きい方が喜ばれると、そそのかされてしまったのだ」


「おい、こら! 罪を(なす)り付けるな。俺は、最初から1輪くらいの方が良いとアドバイスしてやっただろう」


 しれっと責任転嫁するアランに、ルーカスがすかさず反論する。

 いつもの応酬が始まりそうになって、ルルは仲裁に(はい)る。


「えっと……。で、でも、私、薔薇の花なんて絵本でしか見たことがなかったので、一度でいいからこんな風に本物の薔薇に囲まれてみたかったんです! 夢がひとつ叶っちゃいました。アラン様、ルーカス様、本当にありがとうございます」


 桶に活けられて少し様にはなっていないが、ここらへんではまだ流通していないとても貴重な薔薇の花束に、満面の笑顔であらためてお礼を言うルル。


 そして、そんな彼女のささやかな夢を叶えることが出来て満足気なアランと、色々あったがルルの笑顔を見られて、結果的にアランのプレゼント作戦が、成功した事を認めざるを得ないルーカスであった。


◆◇◆


 ルルは緊張の面持ちで、二人の顔をじっと見つめていた。


「うわっ、美味しい!」


 最初に料理を()めてくれたのはルーカスだった。

 続いてアランも絶賛(ぜっさん)の言葉を並べてくれた。それを聞いてルルは、ホッと胸を撫で下ろした。


「お口に合って良かったです。このスープは母さまの得意料理だったんです。私はちょっとしか習えなかったんですが、レシピを書いたノートも残してくれていたので、一人になってからはそれを見ながら、一生懸命練習をしていたんです」


 ルルの話を聞きながら二人は、目の前のスープをもう一口食べた。

 すりおろされた人参のなめらかでコクのあるスープは、お腹だけでなく心までじんわり温めてくれるような気がした。


「そっか……。ルルちゃんにとっては思い出の味なんだね」


「母さまに比べたらまだまだですけど……、あっ、この山菜はヴィリーが教えてくれた場所で採って来たんですよ」


 エプロン姿のルルはそう言いながら、ルーカスとアランの前に次々と出来たての料理を出していった。

 二人よりもずいぶん年下のルルだったが、今日に限っては、食べ盛りの子どもを持つ母親のような気分である。


 今日の食卓に上がっている野菜や山菜は森の中で採取したり、ルルが畑で育てているものを使っているが、それ以外の食材はルーカスとアランが来る度に、何かと持って来てくれるので、今日のメニューはもちろん、日々の食事の種類も格段に増えていった。


 ちなみに、スープに使われた人参は、先日ルルの畑で育てていたのを馬たちが一本残らず食べてしまったので、後日アランとルーカスがお詫びとして、差し入れをしてくれたものだった。


 談笑しながら楽しい食事会は進んでいった。

 ルルにとって料理を誰かに振る舞うというのは、初めてと言っていいほどの事だったので、連日レシピとにらめっこしながら練習したり、メニューを考えているとついあれもこれもと、もしかして作りすぎてしまったかもしれないと心配していたが、ルーカスとアランが時々料理を奪い合いながら、きれいに平らげてくれた。


 ルルは普段は一人で食事をしていたし、たまに一緒に食べると言っても、ロッティやニコルくらいだったので、男性二人のその食べっぷりに少し驚いたりもしたのだった。


 ルルのめいいっぱいのもてなしを心ゆくまで堪能(たんのう)したアランは、後片付けを始めたルルを手伝おうと立ち上がった。

 すると、今までテーブルのそばで静かに座っていたヴィリーが、おもむろにアランのズボンを咥えて、クンッと引っ張った。

 驚いて足元のヴィリーを見ると、何となく期待に満ちた目でアランを見つめてきた。


「ヴィリーは、アラン様に遊んで欲しいのだと思います」


「あ、ああ……」


「しばらくこの家で療養していた時、いつもじゃれていたので、とてもアラン様の事が気に入ったんだと思います」


 ルルはニッコリ笑いながらそう言うが、あの時のヴィリーはじゃれていたというより、ルルに何かとちょっかいを出していたアランに対して、釘を差していただけなのたが……。


 しかし、ヴィリーをこよなく信頼しているルルの手前、断るわけにもいかず、ここは積極的に遊んであげる姿を見せることで好印象を持ってもらおうと、アランはヴィリーを連れて外に出て行った。

 これも、将を射るには……なんとやらである。


 そんなアランに代わって、今度はルーカスが後片付けの手伝いを申し出た。


 ルルは「お客様だから」としきりに遠慮していたが、これはルルが一生懸命作ってくれた料理のせめてものお返しだと言って、率先して動き始めたルーカスに、ルルも恐縮しながらも一緒に後片付けをする事にした。


 時折、外からヴィリーの楽しそうに吠えているのが聞こえてきた。



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