それは、花のように 2
ルーカスとアランはルルの家を訪ねる際、せっかくの男手なので必要な生活物資を運ぶ役を担ったり、またそれとは別に何かとルルへ差し入れを持っていったりしていた。
最初は、二人からの差し入れに遠慮していたルルだが、強引な二人に押し切られて、受け取るようになったのだが、そのおかげで森での生活は少しずつ向上していった。
そんな差し入れの中で、特にルルが喜んだのは、貴重な品である紙とインクとそして蝋燭であった。
村の長や友達のロッティ、その弟のニコルはもちろんの事、最近はルーカスとアランからの手紙も日常的に来るようになっていた。
しかも、アランからの手紙は分厚く、朝は何かと忙しくて、夜になってからも読むようにしていたが、蝋燭を節約している生活だったので、なかなか読み終わるのに時間がかかって困っていたのだ。
すると、ある日ルーカスがこっそり蝋燭を持って来てくれた。
ルルから口にした事はなかったが、アランの分厚い封筒を見て何やら察してくれたのだろう。
おまけに、返事を書くのに必要な紙とインクも一緒に持って来てくれたので、ずいぶん助かった事だった。
その時、ルーカスはアランの手紙の事で、ルルに負担を掛けているのではないかと謝った。
しかし、アランの手紙の内容は、大半がルルへの賛美の言葉だったが、悲しいかなその好意が男女のそれとは、ルルは微塵も考えた事がなく、素直に普通の好意として受け止めており、いまだアランからの想いに気がついていない様子だった。
だから、ルルにとって今のところアランの文章は、自分に対してどうのというより、何だかロマンス小説を読んでいるみたいで、どこか無邪気に楽しんでいる様子を知ったルーカスは、思わず笑い転げてしまった。
そして、あのアランの手紙ですらルルが楽しんでくれているのならばと、ルーカスは今まで気を遣って短い文章にしていたのを、仕事で訪れた土地の話や、警備隊でのちょっとした騒動などを書き加えるようになっていた。
ルルはその話に、新鮮な楽しみと好奇心をくすぐられ、夢中になって読んだ。
こんな風に、ルルとルーカスにアランの交流は密かに穏やかに続いていた。
それなのに、今日はルルからあらたまって招待を受けての訪問となったのである。
それには、ちょっと理由があった。
ある日ルルが、日頃のお礼を兼ねて食事に招待したい、と言い出したのだ。
しかし、実はそれは、思わぬ形となった再会で、ルルにとても迷惑をかけてしまい、しかも、そのままずるずると押しかけるようになった今の状況を、紳士の振る舞いとしてどうなのかとアランが騒ぎ始めたのである。
また、今更なにを言い出したのかと思ったルーカスだが、もちろん止めたとしても、言う事を聞くアランではない。
それよりルーカスは、腐れ縁である彼のこれまでの女性遍歴を思い出し、紳士として……などという言葉がよくアランの口から出て来たなと、あらためて驚かずにはいられなかった。
それはともかくとして、アランとしては是非ともここは一度、『正式にルルの方から招待してくれた!』という確かな事実が欲しかったらしく、そのことをルルに気づかれないように、言葉巧みに誘導した結果、こうしてアランの思惑どおり、ルルは今日二人をあらためて森の中の家に招待する事になったのだった。
家に着きヴィリーがひと吠えすると、エプロンと三角巾姿のままのルルが扉を開けてくれた。その姿に、何やらぐっと込み上げてくるものを感じたルーカスとアラン。それと同時に、奥の部屋からものすごく良い匂いが漂っている。
「よ、ようこそ、おいでくださいました! たいしたお料理ではないかもしれませんが、一生懸命おもてなしをさせていただきます」
あらためて招待という事に少し緊張しながらもルルは、深々とお辞儀をしてルーカスとアランを出迎えた。
「こんにちは、ルル。今日は、招待してくれてありがとう」
自分でそう差し向けたくせに白々しいとルーカスが思っていると、気持ち悪いくらいの甘い声を出したかと思えば、そんなルーカスを押しのけて、ずいっと前に出たアランが、手に持っていた大きな薔薇の花束をルルに差し出した。
「これ、今日のお礼に」
「こ、こんなに? でも、お花なんてとても貴重で、私なんかが貰っても……」
(ほらみろ、大量の花束にルルが困っているじゃないか。こういうのはスマートに一輪渡した方が、相手もあまり遠慮を感じずに、受け取りやすんだよ)
ルーカスがアランを肘で突っついて小声でそう言ったが、こちらには目もくれず困惑気味のルルに受け取って貰えるように必至に説得を続けていた。
いつも差し入れはしていたのだが、生活用品ばかりで、これではルルへの想いが上手く伝わらないのではないのかと、どこかもどかしく思っていたアランは、何か記憶に残るような、もっとこうロマンチックなプレゼントがしたいと考え、薔薇の花束を送る事に決めたのだった。
すると、ルルもやはり女の子なのだろう、花をもらって嬉しくないわけがない。
最初は遠慮していたがアランの熱心な言葉に、やがて小さな笑顔を浮かべて素直にお礼を言って受け取ったのである。
「こんな貴重なお花をたくさん……ありがとうございます。わぁ、綺麗!」
そして、そのまま薔薇の花束に埋もれながら二人を家の中に通した。
そんなルルを、胸焼けを起こしそうなほどの甘い笑顔で見つめているアランに苦笑いしながらも、確かに花に埋もれるルルの姿は可愛いとルーカスも思ったのだった。




