束の間の休養 9
ひとまず手紙の件がおさまると、ルーカスとアランは今後の事をルルに話すこととなった。
「お仕事復帰おめでとうございます。お二人とも、すっかり元気になられて良かったです」
二人から話を聞いた瞬間、ルルはほんの少し寂しそうな表情を見せたが、すぐに誤魔化すように笑って、自分たちの快復を祝ってくれた。しかし、そんなルルの様子をルーカスは見逃さなかった。
自分達がここにいる事で、ずいぶん彼女には迷惑をかけてばかりだと思っていたが、ルルとてやむにやまれぬ事情でここに暮らし始めたのだ。ヴィリーがいるから大丈夫だと言っても、寂しくないわけではないのだと、改めて思い知らされた気分だった。
「仕事でしばらくルグミール村に滞在することになっているから、休日とか時間が出来たら、またここに様子を見に来ても良いかな?」
そんなルルにルーカスがそう声を掛けると、少女の表情がぱっと明るくなった。しかし、すぐにしょんぼりした表情に変り、申し訳なさそうに口を開いた。
「でも、せっかくのお休みに、わざわざ様子を見に来てもらうなんて、ご迷惑なんじゃ……」
「まさか。様子見なんて、ただの口実だよ。本当は、ルルちゃんに会いたいだけ」
そう言ってパチリと片目を瞑ったルーカスだったが、ルルはそれを見て急に立ち上がると薬棚をごそごそとあさり、液体の入った小瓶を取り出しルーカスに差し出した。
「あの、目にゴミが入った時は、この目薬を使ってみてください」
「……」
ルーカスは、王都の商店で売り子をしている女の子達にこうすると、ポッと頬を染めてほんの少しはキャアキャア言われたりして受けが良かったので、調子に乗ってルルにもウィンクをしてみただけだったのだが、通じていなかったようだ。
ルーカスは無言の笑顔で、ルルから目薬を受け取った。
そして、その様子を見ていたアランに、さっきの手紙の件のお返しとばかりに鼻で笑われた。
「フン! 俺のルルは、そんな手には引っかからないからな!」
先程ルルに通じなかった事に少なからずショックを受けていたのか、アランの台詞に言いたい事は山程あったが、ぐっと飲み込んで、とりあえず目薬をさしてみた。
やけに目に染みたのは言うまでもない。
こうして、ルーカスとアランは束の間の休養に別れを告げ、森の家からルグミール村へ行くことになった。
「また様子を来るからな。大丈夫だ、絶対に来るから。またすぐに必ず来るから……」
そして、森の入口まで二人を案内し見送るルルに、何度も繰り返し必至に言い募るアランの頭を、後ろからルーカスが引っ叩いた。ちなみに今回は、ヴィリーも一緒について来たので、もちろんルルにバレないように、アランの足をかぷっと甘噛みしていた。
「いい加減にしろ、何かの呪いみたいに何度も言うな!」
そんな二人のやり取りを見て、思わずクスクスと笑うルル。この前ルーカスを見送った時はちょっと戸惑ってしまったけれど、今度はルルの方から自然とその言葉が出てきた。
「お二人とも体には気を付けてくださいね。それでは、ま、た……またね!」
ルルがそう言うと、途端に口げんかをやめ、ルルの笑顔に見惚れ、やがてルーカスとアランもつられて笑顔になり、目の前の少女に向き直る。
「ルル、また来るからな」
「ルルちゃん、またね! あと、手紙も書くからね」
「はい! 私もお返事書きますね。ルーカス様」
ルーカスの抜け目のなさに、すかさずアランも便乗する。
「ルーカス、お前ずるいぞ。俺も書くからなルル」
「分かりました。アラン様にも、お返事書きますね」
そんなアランにも、ルルは困った顔ひとつせず笑顔で応える。
二人は何度も振り返り、ルルはその度に手を振り、三人の「またね」はしばらく続いたのであった。
ルーカスとアランの姿が見えなくなると、ルルの胸に寂しさがほんの少し募る。けれど、ヴィリーがそれを紛らわせてくれるように、擦り寄ってくれた。
「帰ろっか……ヴィリー」
ルルがそう言うと、ヴィリーはぴったりと少女に寄り添い、森の家へと帰ることにした。けれど、そんなヴィリーに最初は自分を慰めてくれているのかと思っていたルルだったが、少々歩きづらくなるほどくっついてくるのだ。ここまで、寄り添ってくるのも珍しい。
ふと、もしかしたらヴィリーも、二人がいなくなって寂しいのかもしれないと思い、優しく頭を撫でてやった。
「ヴィリーも、ルーカス様とアラン様がいなくなって、寂しいの?」
そう聞かれたヴィリーは、肯定するようにルルの手に頭を擦り付けると、もっと撫でろとでも言うようにそれを続けた。
そして、その日はお互い何をするにも、ぴったりとくっついたまま過ごすことになった。




