束の間の休養 8
「あ、そうだ。ライアンからお前宛の手紙を預かってきた」
アランをなんとか説得し終えると、頼まれていた事を思い出し、ルーカスが一通の手紙を差し出した。
すると、アランは嫌そうな顔を隠そうともせず、とりあえず封を開けたものの、一行読んだだけでくしゃくしゃに丸めるとポイッと投げ捨てた。
「おい、せっかく持ってきてやったのに……」
「はぁ? 持ってきてやっただと、お前、嫌がらせも大概にしろよ!」
確かに、嫌がらせの気持ちは8割くらいあったし、アランの反応も予想通りだったが、この手紙を巡ってはルーカスも大変な思いをしていたのだ。
「いや、すごく大変だったんだからな……。ライアンがお前の事が心配だから一緒に行くってきかないのを、何とか言いくるめて手紙だけでおさめてやったんだぞ」
「余計なお世話だ」
「じゃあ、ライアンがここに押しかけて来ても良かったのか?」
「ぐっ……」
ルーカスの反論に、アランは返す言葉もなかった。確かに、そっちの方が遥かに困る事態ではあるが……。
(あんなふざけた内容の手紙読めるか!)
そう思わずにはいられないアランであった。
すると、扉をノックする音が聞こえた。
二人が言い合いをしているのかと思ったのか、おそるおそるといった感じでルルが部屋に入ってきた。
しかし、ふと足元に手紙が丸まって捨てられているのを見て、思わず拾ってしまった。
ぐしゃぐしゃに丸められた手紙を破らないように丁寧に広げ、宛名を見たルル。
「これは、アラン様宛のお手紙のようですが……」
ルルにとって手紙のやりとりは、今や生活の一部であった。
村の長やロッティやニコルから自分の身を案じてくれている内容の手紙が、度々届いてはルルの心を暖かくしてくれていた。
そして、自分も返事を書き無事を知らせる。
そのやりとりが、今のルルにとってはルグミール村との唯一の繋がりでもあったので、大切にしていた。
だから、こうやって捨てられた手紙を見て、少し悲しそうな表情を浮かべるルルであった。
「うっ……、いや、ルル。こ、これはだな、そうだ不幸の手紙なんだ」
「えっ、不幸の手紙?」
ルルのそんな表情に慌てたのか、アランがとんでもないウソをついた。
しかし、ルルには手紙で不幸になるというのがよく分からなかった。
「ルル聞いてくれ、世の中には、それを読むと不幸になってしまうという手紙が存在するんだ。だから……」
「こら! ルルに変なことを吹き込むんじゃない」
適当な事を言うアランを見かねて、ルーカスが止めに入った。
「いや、実際ライアンからの手紙なんて、ロクな内容じゃないだろ」
「それは、否定出来ないが……。無下にしていい物じゃない」
ルーカスは、ルルの表情を見て手紙に対する思いを、少なからず察したのだろう。
「でも……、あの、ちょっと見えてしまったのですが、『愛しのアランへ』と言う風に書かれていたので、とても不幸の手紙には思えないのですが……」
内容までは読んでいないが、手紙を広げる際に少し目に入った一文を見る限り、この手紙がアランを不幸にするなどとても思えなかった。
なので、このまま捨てるなんて考えられないルルは、潤んだ目でじっとアランを見つめる。
アランは、内容は見ていなくてもライアンからの手紙は、ロクな物じゃないと今までの経験で分かっているのだが、さすがに、ルルからそんな目で見つめられると、受け取る以外の選択肢はなかった。
「あ〜……、俺の勘違いだった。これは、不幸の手紙とかじゃなくて普通の手紙だ。何の変哲もない、本当に普通の手紙だから……」
苦し紛れにそう言うと、ルルはホッとしたように手紙を差し出してきたので、アランは引きつりながらも何とか笑顔を作り、再度ライアンからの手紙を受け取るはめになってしまった。
その様子をルルにバレないように、笑いを押し殺しながら見ていたルーカスに殺意を覚えながら。
しかし、彼の苦難は続いていた。
ルルがチラチラと手紙を気にするように、アランの方を見ているのである。
(これは、今ここでライアンからの手紙を読めという事なのか……)
あとでこっそり燃やそうと思っていたアランはこの状況に困っていると、ルルがとんでもない事を言い出した。
「あの、お返事とか書かないのですか?」
「ぶっー!」
その言葉に、思わず吹き出したのはルーカス。
言われた当のアランはただ呆然としてた。ルルは何か自分がおかしなことを言ってしまったのか、おろおろしながらも爆弾発言は続いた。
「あの、でもライアン様というのは、アラン様の恋人ではないのですか?」
「っ……!」
声も出ないほど笑い転げるルーカスをよそに、アランは更なる衝撃を受けていた。
ルルにしてみれば『愛しのアランへ』という一文を目にしてしまったので、素直にそう思って口にしてみたのだ。
「いや、違う! ルルよく聞いてくれ、これは同僚からのただの連絡事項だ」
「そ、そうなのですか? でも『愛しの』と書かれていたので、てっきり恋人かと思って、それなら早くお返事を……」
アランは必至で恋人説を否定したが、ひょっとしたら照れ隠しでそう言ったのかもしれないと思ったルルは、もし本当に恋人からの手紙なら、アランをとても心配しているに違いないので、すぐに返事を書いた方が良いと思い、紙とペンを用意しようと考えていたのだ。
「ハハハ、冗談の好きな奴なんだ……。ルル、聞いてくれ! 俺はまだ独身で恋人と呼べる存在は一人もいない。だから、大丈夫だ。安心してくれ」
「は、はい」
何が大丈夫で、何に安心すれば良いのかよく分からなかったが、アランが鬼気迫る表情で繰り返しそう言うので、ルルとしてもそれ以上何も言えず、とりあえず頷いておくことにした。
「勘違いしてしまってすみません。ライアン様というのは、ご友人なのですね」
「……」
友達でもないと言いたかったが、何だか色々疲れてしまい、最後にはルルの言葉に大人しく首を縦に振ったアランであった。




