束の間の休養 6
ただ、アランも全てにおいて甘えたいというわけではなかった。
時には、ルルの熱心な看病に困る事も起きていた。
仮病を使いルルを散々恥ずかしがらせていると、ある時ルルが水桶とタオルを準備して、アランに迫ってきた。
「アラン様、お体を拭きますね?」
「え?」
「まだ、動かすのは大変そうなのでお手伝いします。ではまず服を脱がせますね」
膝の上に座らせていた時の、恥じらっていた彼女とは打って変わって、堂々とボタンを外しにかかるルルに、今度はアランの方が動揺してしまった。
しかし、ルルにとってこれは立派な看病の一環であり、最初意識がない時のアランに傷薬を塗るために、裸はもう見ていたので、食事の時のような羞恥心はなかった。
「だ、大丈夫。今は何だか調子が良くて、少しは体を動かしたい気分だ。自分でやりたいのだが……」
積極的なルルの行動にあわてたアランは、そんな風に言って止めた。
(こ、こういうのは、まだ早いだろう……)
今回ばかりはルルの手伝いを断った。
変な所で、変な遠慮をしてしまうアラン、非常に面倒臭い男である。
心配性のルルは「でも……」と言っていたが、アランがもう一度「大丈夫」というと納得してくれたようだった。
するとルルはせめてと言って、体を拭くのに長い髪が邪魔になるかもしれないから纏めようと、アランの髪を梳き始めた。
アランのさらさらの金髪に、ルルは思わず声を上げた。
「わぁ……綺麗。絹糸みたいです」
細い髪を傷めないように、少しずつ掬っては優しく丁寧に梳いていくルル。
「そ、そうか……」
「はい。とても素敵で憧れちゃいます」
実はアランには自分の髪にコンプレックスがあった。
幼い頃は、この髪の毛も容姿も美人な母親譲りで、女の子みたいだと随分とからかわれたりもした。
そして端正な顔のまま成長すると、女性にも言い寄られる事も多くなり、時々同僚にやっかみ混じりに冷やかされたりしていたのだ。
母の事を大事に思っているのには変わりないのだが、自分の容姿を時折煩わしく思ってしまう事もあった。
けれど、ルルがあまりにも自分の髪を褒めながら、丁寧に、丁寧に梳いてくれるものだから、アランの心はふっと軽くなった。
だから、最終的にルルにポニーテールにされても、全然……全然平気なアランであった。
むしろ、アランは髪を纏めてくれた際に、首筋にルルの指先がそっと当たったり、吐息が掛かる度に体が反応してしまい、それどころではなかったのである。
何とかそれに気づかれないままルルが寝室を出ると、ホッと胸を撫で下ろした。
アランは気を取り直すと、シャツを脱ぎ用意してくれたタオルで体を拭いていく。
しかし、自分で拭きながら、アランはつい先程のルルの吐息と指先の感触を思い出してしまっていた。
もしも、あのままルルに頼んでいたら、彼女の手が自分の首筋をこうやって伝って、鎖骨から胸板、腹筋そして……。
アランはすっかり体調が戻っていることを再度認識させられた。
自分は何という想像をしてしまったのだろうと呆れつつ、こんな姿を見られたらマズイという気持ちに、アランは誰もいないはずの部屋を見回した。
「……違う。こ、これは、違うからな。俺は決してお前の主に変な事は……」
またもや、いつの間にそこにいたのか、今の光景を全て見ていたとでも言いたげなヴィリーに、アランは思わず言い訳をした。
しかし、そんな彼を見てヴィリーは「またか」という感じで、アランの足にカプッと噛み付くと、そのまま振り向きもせず部屋から出て行った。
「いっっっーーー!!!」
アランは声にならない悲鳴を上げながら悶絶する。
しかし、今回も絶妙に血が出ない加減がされており、あらためてヴィリーの賢さを目の当たりにしたのであった。
そして、アランにはもう一つ困っている事があった。
それは、ベッドの事だった。森の中の家にはベッドが一つしかない。いまアランはそれを独占している状態だ。
ルルと交代して自分が居間の長椅子で寝ると言ってみたが、ルルは頑として首を縦に振らなかった。
もう体もだいぶ良くなったと言っても、またぶり返すかもしれないとベッドに押し込まれていた。
アランも仮病を使った手前、事情を話す訳にもいかず、それ以上強く出れなかったのである。
一度、夜中にそっと寝室を抜け出して、居間で眠っているルルの様子を見に行った事もあった。
眠っている内に彼女をベッドに運んで、自分が長椅子にと思ったのだが、細心の注意を払いながら近づくと、ルルにぴったりと寄り添って寝ていたヴィリーの目がパチリと開いた。
眼が合った。
ヴィリーは、ルルを起こさないようにそのままの体勢で、それ以上近づくなと言うように、グルル……と唸る。
「ち、違う。これは、ルルをベッドで寝かそうと……。ヴィリー、お前だってルルにはベッドで充分休んで貰いたいだろう」
小声で必死にヴィリーを説得しにかかるアランだった。
しかし、この数日あの手この手で、ルルに甘えて倒していた男の言葉を信じるヴィリーではなかった。
すると、アランとヴィリーの攻防がうるさかったのか、ふとルルの声がした。
「……んっ、う〜ん、ヴィリー? どう、したの……」
――変に誤解されてはまずい!
咄嗟にそう感じたアランは素早く寝室に戻った。
作戦失敗である。




