森に迫る、二つの影
その頃、ルルが暮らす森の入口付近に、二つの人影が……。
「おい、アラン。森の入口にあるって言ってた目印の郵便箱ってこれのことか?」
そう聞いたのは、王国警備隊に所属する青年ルーカス。
先程から、付近の茂みを掻き分けなにやら探していた様子だったが、どうやら目当てのものを見つけたらしい。
「どうやら……そうらしいな」
同じく警備隊のアランが、それを確認したのだが……。
「ということは、この〜……かろうじて獣道と呼べそうな……。いや、こりゃ呼べないな……。本気でここを通るのか?」
嘘だろ……。
とでも言いたげな表情を浮かべたルーカスが目の前の生い茂った藪を指差すと、問いかけられたアランも同じように難しい顔をしていた。
確かに、何かかが通った痕跡がかろうじて残っているような気はするが、およそ人が通れるような道とは思えなかった。
しかし、ここまで来て引き返すわけにもいかない。
「馬に乗っては無理だな。俺が前になって、道を切り開いて行く」
アランが腰に佩いていた短剣の方を抜くと、生い茂っている枝や蔦、茨などといった藪を通り抜けられる最小限で刈っていく。
「分かった。俺はアランの馬も一緒に連れて後をついて行くよ」
ルーカスが手綱を引き、そのあとをついて行く。
しかし、その森はルグミール村では神聖とされながらも、密かに「迷いの森」とも称されるところだった。
悪戦苦闘しながら、少女が暮らしているという森に足を踏み入れた二人だった。
ただ少し進むと、どうやら密集して茂っていたのは入り口付近で、侵入を阻むかのような藪を抜けえうと、その先にある森の空間は先の思ったよりも明るかった。
しかし、それにしてもである……。
「こんな森の中で、あの子が一人で住んでるって本当かよ?」
話には聞いていたが、辺りを見渡したルーカスはこんな場所に人間がしかも女の子ひとりで暮らしているとはとても思えなかった。
「村の長の話ではそうらしい。だが、まさかこれほどの所とは……信じがたいな。全くつくづく納得いかん話だ……」
アランもルーカスと同様の気持ちであった。
彼等の言うその「少女」とは、三ヶ月ほど前にルグミール村で起こった騒動を警備隊であるルーカスとアランが何とか治めた時に、命を救った女の子のことだった。
そこに至るまでの原因となった村の窮状と経緯を至急取りまとめ、一旦、王都にある本部へその報告をいれるために村をあとにし二人だったが……。
特にアランが、その時救った少女の経過が心配で、心配でいても立ってもいられなくなり、矢継ぎ早に報告を済ませると、すぐさまルグミール村への再派遣許可をもぎとったのだ。
ところが、再びルグミール村を訪ねてみれば、時はすでに遅く村に少女の姿はなかった……。
そのことに憤慨したアランが鬼気迫る迫力で、村の長から事の次第を聞き出すやいなやこうやって少女が住んでいるという森まで来ることになったのである。
しかし、想像以上に険しい森の光景に、二人の心配は募るばかり。
あの時、少女の今にも消え入りそうな泣き顔が脳裏に浮ぶ。
それにはアランだけではなく、ルーカスもまたどこか込み上げてくる気持ちに突き動かされるような思いで、森の中を進んでいった。
まさかこんなところに人が住んでいるとは、にわかに信じ難い……。
しかも、少女が一人で、だ。
「村の人達も追い詰められて、切羽詰まっている中で始まった水路事業計画だからな。不安や不満が噴出するのも、分からなくもないが……」
ルーカスが村人達に一定の理解を示したものの、少女への仕打ちを思うとため息をついてしまうのも無理はなかった。
「まさか、全部あの子のせいにされているとは思わなかったな……。そりゃ、皆から非難の矛先を向けられたら村に居づらくなるよな……」
沈んだ声で語りかけるルーカスに対して、先頭を行くアランはふと立ち止まると悔しそうな表情を見せ、思わず握りしめた拳を近くにあった樹木の胴に打ち込む。
「村の長は、あの子が自分から森で暮らすと言い出したと言ってたが……。村の連中が追い詰めて彼女にそう言わせたも同然だっ……!」
怒りを露わにしたアランだったが、ひとつ大きく深呼吸をし気を取り直すと……。
「とにかくあの子の元へ急ぐぞ、ルーカス!」
ルーカスにそう声を掛けると、再び歩き出した。
しかし、そこから先は警備隊の二人でも、かなり困難を感じる道のりとなっていた。




