束の間の休養 5
アランは悩んでいた。
ルルに甘えたいがために(いや、森での生活を心配して残ったのも、本当なのだが……)仮病を使い、報告をルーカスに押し付け、こうやってまんまとルルの優しさを独り占めにすることに成功したのだが。
ただ、さすがに良心が痛むのである。
今も用意してくれた食事を前にして、アランはこのまま望みを口にしていいものかどうか、葛藤を続けていた。
「どうしたんですか? アラン様。熱でも……」
そんなアランの額にルルの手がそっと触れた。
すると、その柔らかい感触に先程の葛藤はどこへやら、悩みなど跡形もなく消え去ると同時に、せっかく邪魔者がいなくなった今、ルルに思う存分甘えなくてどうする。
アランの想いはすでに暴走していた。
「熱はないが、まだ体のほうが……。ルルの手を煩わせてすまないが、その……ル、ルーカスにしていたような「あ〜ん」というやつを……いやっ、その、食事を手伝ってはくれないだろうか?」
そんなアランの思惑など全く知らないルルは、自分の薬の効き目が悪かったからと、一人で食事も出来ない状態を心配して、疑いもなく頷いた。
「わかりました。たくさん食べて元気になってくださいね」
そう返事をして、早速ベッドの横のサイドテーブルに置いていたスープの器に手を伸ばそうとしたが、アランの言葉に遮られた。
「では、まず後ろ向きでベッドに腰掛けてくれないか? ルル」
「え? で、でも、それじゃスープを飲ませ……」
思わぬ指示に、その体制では食事の手伝いが出来ないのでルルは戸惑いながら、そう言おうとしたのだが……。
「大丈夫だ。よりスープが飲みやすくなる方法を思いついた」
アランが自信満々にそう言ったので、不思議に思いながらもルルはアランの言葉に従い、彼に背を向けた状態でベッドに腰掛ける。
すると、後ろから強い力で引っ張り寄せられた。
「あ、あぁぁ、あの……アラン様!?」
「どうした、ルル?」
「こ、これは……。この体勢はアラン様の負担になるのでは……」
ルルは今、ベッドで体を起こして座っているアランの膝の上に、横向きで座らされている状態だった。
とんでもなく恥ずかしい体勢にルルは激しく動揺した。すぐに降りようとしたが、腰に回されたアランの腕はびくともせず、逃れることが出来ない。
あたふたするルルにお構いなしといった感じで、アランは片手でスープの器をひょいと持ち上げると、顔を真っ赤にさせているルルに渡した。
「さあ、ルル。すまないが、よろしく頼む」
ちっともすまなさそうな感じがしないアラン。
しかも、もうここまでしたら普通はもう元気だということは、誰から見ても分かりそうなものだが、残念ながらルルにそんな余裕はなかったし、疑う事もしないそういう素直で優しい性格にまんまと付け込まれているのであった。
「こら、ルル。そんなに動いたらスープが、こぼれてしまうよ」
無意識に逃れようとしたのか、身じろぎするルルを再度引き寄せ、今度は腰に両腕を回してがっちり固定する。
そして、ルルもそう言われると、羞恥に晒されながらも、スープをアランの服にこぼさないように、大人しくしているしかなかった。
やがて、アランの有無を言わせないお願いを断りきれず、とうとう覚悟を決めたのか、スプーンで掬ったスープをアランの口へ運んだ。
「アラン様……。あ、あ〜ん」
「っ!」
(可愛い!!!)
夢にまで見た光景を体験して、感動のあまり抱き潰してしまいたくなる衝動を、必至で堪えるアラン。
そんな事をしてしまえば、全てが台無しになってしまう。
平静を装いながら、スープを一口飲むと「美味しいよ」と言って、腕の中のルルを見ると、目が合った途端、彼女がパッと俯いた。
(恥じらう姿も、また良い!!!)
「ちょっと、熱かったから、その……今度は冷ましてくれないだろうか?」
「わ、わかりました」
なおも続くアランのおねだりに、恥ずかしがりならも素直に従うルル。
(素直で、優しくて、俺の為に一生懸命に介抱してくれて……幸せだ!)
アランは、このひと時を噛み締めながら、存分に満喫していた。
ところが、その様子が少々目に余ったのか、いつの間にかヴィリーがするりと寝室に入ってくると、おもむろにアランの足にカプッと噛み付いた。
「っっっーーー!!!」
「だめよ! ヴィリー。療養している人にそんな事をしちゃ……」
本気で怒るルルに、仮病を使っているアランに再び罪悪感が呼び覚まされた。
一方、それを見抜いているかのようなヴィリーは、怒られても平気な様子で、大事な主にまた変な事をしたら、いつでも噛み付いてやるとでも言うような鋭い視線を送ってきていた。
「あ、甘噛だったから……、大丈夫だよルル」
その場をおさめようと、アランはそうは言ったものの、本当はすごく痛かったのだ。ただの犬の甘噛とは違う、ヴィリーは本物のオオカミなのだ。
血が出ていないので、実際は手加減をしてくれたのは分かるが、この痛みはなかなか引きそうになかった。
しかし、これは仮病を使いルルに余計な心配をかけているせめてもの罰として、甘んじて受けようと思ったアランだった。




