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束の間の休養 4



 森の中で助けられてから4日後。

 ルルの手厚い介抱のおかげで、元通りに体が動くようになったルーカスは話を切り出した。


「ルルちゃんのおかげで、俺の体調も戻ったし、一度王都へ報告に戻るよ」


 ルーカスの言葉に、けれどルルは素直に(うなず)く事が出来なかった。


 確かに、顔色も良くなったし、体を動かしているのを見ても問題なさそうだったのだが、ルーカスよりも治りが早かったはずのアランが、先ほど急に体がだるく感じると言い始めたのだ。

 自分の処方が悪かったのか……原因はまだ不明なので、ルルは心配でたまらなかった。


 動けるようになったといっても、アランのようにまたぶり返してしまったらどうしよう。

 もう少し休んでいたほうが……と、ルルはそう思いながらも、実はそれだけが理由ではない事に気がついていた。

 ルーカスがいなくなる事に、心の片隅で少し寂しく感じてしまっていたのだった。


(いけない。ルーカス様には、お仕事があるんだから……)


 体の心配をしながらも、自分勝手な寂しい気持ちが、ルーカスを引き止めてしまっているような気がして、ルルはすぐさま仕事の邪魔をしてはいけないと思いなおし、せめて出来る事をしようと準備に取り掛かった。


「途中で体がだるく感じたら、この瓶に入ったお薬を飲んでください。あとは、お腹が痛くなったらこれを、頭が痛くなったらこっちです。喉が痛くなったらこの飴薬を……あっ、傷薬も入れておきます。傷口をきれいにしてから患部に塗り込んでくださいね。あとは、お弁当も作ったので、お腹が空いたら食べてくださいね」


 王都へは馬で駆ければ日帰りもできるので報告に行ったら、2〜3日でまたすぐに戻ってくるつもりで、その事をルルにも伝えたにも関わらず、用意してくれた荷物の多さにルーカスは驚いてしまった。

 しかし、一生懸命説明してくれる彼女を見て、それだけ自分を心配してくれているのだと思うと嬉しくなった。


 そして、ルルはルーカスが荷造りしている間に、アランの所へ様子を見に行った。


「アラン様、私今からルーカス様を森の出口まで送りに行ってきますね。なるべく早く戻ってきますが、その間もし具合が悪くなったら、この薬を飲んでください」


「……わかった。すまない、面倒をかけて」


 ルルにそう言われて、ルーカスに面倒事を押し付け、ここに居残るために実は仮病を使ってしまったアランもさすがに良心がチクリと痛んだ。


「ヴィリー、もしそれでもアラン様が苦しそうだったら、知らせに来てね」


 アランのウソを素直に信じているルルとは違い、全てを見透かしているかのようなヴィリーは、留守番を命じられたのが不服なのか、アランをチラリと見たがフイッとそっぽを向いた。


 ルルはヴィリーにアランを託すと、家の外で待っているルーカスの元へ走っていった。


「ルーカス様、お待たせしました」


「いいや。それよりも薬やお弁当に、色々ありがとう。ルルちゃん」


「いいえ、私にはこんな事くらいしか出来ませんから。ルーカス様も体調には充分気を付けてくださいね」


 少々大きめの荷物だったが、ルーカスはそれを全部馬に乗せていた。

 この前の、ニンジン事件もあったので、アランの馬も、ルグミール村にいる水路事業で王都から来ているジョージに任せようと、一緒に連れていく事にした。


「では、森の出口まで案内しますね」


「案内してくれるのはありがたいけど、ヴィリーは? 帰りひとりで大丈夫なの?」


 迷いの森とは良く言ったもので、体を動かす練習のため前日ほんの少し家の周りを歩こうとしたが、ルーカスにとって森の中は同じような光景ばかりで、方向感覚も取りづらい、それに危険な植物も自生しており、ルルやヴィリーと一緒でなければ、とても自分一人では歩けないのである。


「はい。森の生活にも慣れましたし、一人でもちゃんと帰れるので大丈夫ですよ。ヴィリーは、アラン様の様子を見るようにお願いしてきました」


「……」


 ルルは回復の早かったアランが、急に体調を崩したのをひどく心配している様子だったが、アランの仮病を知っているルーカスは、思わず小さなため息をついた。


(まったく、アランにも困ったもんだな……)


 けれど、本音を言えばルルを森にひとりにするのは、やはりまだ少し心配だったので、アランが残ってくれて少し安心している部分もあるのだった。


 ――それにしても……。


 ルーカスは、陽の光のしたでルルを、あらためてじっくりと眺めた。


 井戸があるとは言え、水の節約と森の生活では邪魔になるからという理由で、最初に出会った頃より、短くなったはちみつ色の髪の毛はふんわりとして、それは今王都で流行りの砂糖菓子のようで、くりくりとした大きな瞳は、この森と同じように深い緑色を湛えていた。


 木々の隙間から差し込む木漏れ日を浴びて、輝くような白い肌、頬はほんの少し淡桃色で、小さくもふっくらとした唇は可愛らしく艶めいていた。


 ルーカスの視線に気がついたのか、ふとルルが不思議そうな顔をして見上げてきた。


 森の中で再会してから、ほんの数日しか経っていなかったが、ルーカスはその間のルルを見て心の底から「良かった」と思った。


 あの日、助けた少女を抱き上げると驚くほど軽くて、しっかり掴んでいないと消えてしまいそうな気がした。

 それほどあの時のルルは(はかな)かった。

 小さく震え、涙をこぼしながら生きていてもいいのかと聞いてきた少女に、ルーカスが当然だと返事をすると、ふんわりと花が綻ぶような笑顔を見せたのだ。


 その瞬間、ルーカスはこの子がどうか元気になって、そしてこの笑顔を絶やさぬように生きて欲しいと強く願った。


「良かった。……本当に、元気でいてくれて良かった」


 現実は少女にとって厳しい状況ではあったが、それでもしっかりと暮らしていた姿にルーカスはあらためて安堵しながらそう言うと、無意識に手を伸ばし、目の前のルルをそっと抱き寄せた。


 最初は優しく、そのうち存在を確かめるように、少しずつ抱きしめる力が強くなった。あの時とは違い、森の中で生活しているルルは生気に溢れ、しなやかな肌の弾力とその暖かい体温が嬉しかった。腕の中の少女は、日向(ひなた)のような匂いがした。


 突然の抱擁(ほうよう)に驚いたルルだが、ルーカスの言葉に胸が熱くなった。

 助けてくれただけではなく、その後の自分を心配してくれて、こうして森の中まで会いに来てくれた。そして何より、ルルが生きている事をこんなにも喜んでくれている。


 あのあと村の人達は泣きながら謝ってくれて、ルルの無事を喜んでくれた。

 嬉しかったけれど、儀式が失敗したのは事実で、雨はまだ一滴も降っていなかったので、ルルはずっとその事が気になっていた。

 生きている事を本当に、良かったとそう思ってくれているのだろうかと、疑ってしまう時もあったし、心の溝が深くなっていったのも事実だった。


 だからこそ、出会いは一瞬で、再会してやっと言葉を交わしてほんの数日しか経っていないはずなのに、誰よりもルーカスの言葉が、ルルの心に染みた。

 自分を包み込んでくれるルーカスの腕の暖かさに、もう一度「生きていてもいい」と「生きていて欲しい」と言ってくれたような気がしたのだ。


 逃げるようにこの森で生活を始める事になった。寂しくないといったらウソになる……。

 それでも、両親が建てたこの家と、助けられた時のルーカスの腕の温もりが、時々、ルルの心を慰め、励ましてくれているような気がして、何とか頑張ってこられた。


 そして今またあの記憶の中の温もりに包まれていた。

 その事を意識すると、ルルは胸がきゅうっと締めつけられて、その感情に素直に従って、ルーカスの大きくて暖かい背中に手を回した。


 ――何でだろう。こんなに胸が苦しいのに、どうしようもなく嬉しくて、どうにかなってしまいそう……。


 しかし、背中のシャツをルルに掴まれると、ルーカスはハッとしたように、さり気なくルルから離れたのだった。


 ふいに遠ざかった温かさに、はっきり寂しいと感じたルル。

 けれど、そんなルルの気持ちに気づくことはなかった。


「いきなりごめんね、ルルちゃん。いや……君があんまり元気でいてくれてたから、お兄さん嬉しくなっちゃって。じゃあ、行こっか。案内よろしく」


「は、はい。じゃあ、足元には気を付けて、ついてきてくださいね」


 ルーカスはどこか誤魔化すように少女の頭をぽんぽんと撫でたあと、おどけたようにそう言うと、ルルもドキドキする心臓を何とか落ち着かせ、ルーカスを森の出口まで案内した。


 ルルに色々な注意を施されながら歩くと、難なく出口まで辿り着いたことにルーカスは驚きを隠せなかった。途中一度も迷ったそぶりもない。慣れているとはいえ、そんなことがありえるのだろうか。

 そんな事を考えつつも、茂みを抜け道に出るとルーカスは馬に跨った。


「じゃあ、ちょっと王都まで報告に行ってくるね」


「はい。くれぐれも体には気を付けてくださいね」


「ルルちゃんがいっぱい準備してくれたから、大丈夫。報告が終わったら、すぐに戻ってくるから……またね! ルルちゃん」


 ルーカスの言葉に、ルルは少し戸惑いながらも返事をする。


「はい、また……」


 またね。たったその一言がひどく懐かしかった。しばらく使っていなかった言葉、そう言える人が出来た。

 ルルは嬉しくなって少し遠くになったルーカスに手を振りながら、もう一度大きな声で言った。


「ルーカス様! またねー!」


 すると、小さくなったルーカスが手を振り返してくれたのが見えた。



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