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森での再会 8



 それから、ルーカスとアランは、改めてルルからこれまでの事を話してもらうようにお願いをした。

 村の長からあらかた聞いていたものの、一方からの視点でしか事情を知らなかったので、彼女の口からもう一度聞きたかったのだ。


 ルルは戸惑いながらも、自分を心配しこの森まで来てくれた二人に対して、重い口を開いた。


 薬師をしていた両親とルグミール村で暮らしていた時の話、その二人が4年前の流行り病で亡くなった事、その後、独学で薬師の仕事をしている事を、かいつまみながらルルは語った。


 けれど、雨乞いの儀式で、生け贄になって欲しいと懇願(こんがん)された時の事や、焼印を押された時の事は覚えていた。

 ただ、飛び降りようとした時の事はあまりの衝撃と恐怖の体験に、ルルは思い出そうとすると体が震え、話そうとしても、引きつって声が出ないのであった。


 ルルのそんな様子に二人も、その事について、今は無理に話さなくても良いと言って、次の話へと進んだ。

 そして、それからの村の状況や人間関係がギクシャクして、森に移り住むようになった経緯などを一通り話してくれた。


「ルルちゃんが心配で様子を見に来たのに、逆に迷惑を掛ける事になって、ごめんね……」


 ルル自身から聞かされて、改めて彼女がどれだけ大変だったかを知ると同時に、今の状態を本気で情けなく思ったルーカスが少し眉を下げて、申し訳なさそうにルルに謝ると、ルルは慌てて首を横に降る。


「そんな、こんなの、あの時ルーカス様が助けてくれたのに比べたら、迷惑なんて全然……。それに、ルーカス様が助けてくれたから、今こうやって生きていられるんです。少しでも恩返しさせてください」


 そんな言葉を口にするルルを見て、今度は、たまらずアランが謝った。


「来るのが遅くなって、すまない。ルル」


「え……アラン様?」


「もう少し俺が早く来ていれば、ルルがこんな……追い出されるような形で森の中で生活する事には、ならないように尽力(じんりょく)出来たかもしれない。すまない」


「謝らないでください。そんなのアラン様のせいじゃないです。それに、ここの生活は私に合ってるみたいなんです。こうやって、またヴィリーに会う事ができたし、一緒にいれば危ない事なんてほとんどないんですよ」


 ヴィリーの事となると、とても嬉しそうに話すルル。


「ああ、ヴィリーね……」


「とっても賢い「犬」だよね……」


 ひとまず今すぐには問題ないと判断したアランとルーカスだが、いまだオオカミとしての認識しかない。犬と思い込むにはまだ時間が必要だった。


 そして、今までの話を聞き、ずっと思っていた事をルーカスが、ストレートにルルにぶつけてみた。


「ルルちゃんはさ……、こんな状況になっても、村の人達のこと嫌いにならないの?」


 ルーカスの質問に一瞬言葉に詰まったルルだが、しばらく考え込んだ後、静かに首を横に降って答えた。


「確かに、儀式の時はすごく怖かったです……。あんな思いはもうしたくないです。でも、あんな風になるまで、皆とても追い詰められていたんだと思います。おじいちゃんも、隣のおじさんも、ロッティの両親も……みんな村が心配で、家族が大事で、それを守りたかっただけなんです。そう、思うことにしています」


「ルルちゃん……」


「しこりは確かにあります。埋められない溝が、いま私の中にある事も感じています。けれど、本当に恨んだりとか、嫌いとかは……。みんな小さい頃から可愛がってくれたのは、本当のことだから。ただ、今はお互い距離と時間が必要なんだと思います」


「しかし、ルル……」


「い、いやだな……ルーカス様もアラン様も、そんな顔しないでください。村が落ち着いたら、ちゃんと帰りますから」


 二人が自分を気遣うような様子を見て、慌てて安心させるようにそう言うルル。

 ルーカスとアランは、彼女の健気な思いに心を打たれていた。

 ずいぶん酷く怖い目に()ったというのに、本当なら相手を非難したり、怒りに震えてもおかしくないはずだ。それなのに、少女は、恨む事も、嫌う事もせず、あの村のために、こんな森でたったひとり……。


 ――なんて、気の優しい子なのだろう。


 ただ、だからこそ今回のような事態に、陥ってしまったのかもしれない。彼女の優しさが、この森のへと自身を追い込むことになったのかと思うと、やるせない気持ちだった。


「でも、この森の中で、ひとりは大変だろう」


 いくら、ルルが平気そうに言っても、自分には想像もつかない、森での生活を心配したアランがそう聞いたが、ルルは力強く返事をした。


「いいえ。私は両親の跡を継いで、薬師の仕事をしています。といっても、独学でまだまだかけ出しなんですが……。ここは薬師にとっては、勉強と研究をするのには、最高の環境なんです。それに、ヴィリーが何かと助けてくれるので大丈夫です」


「ハハハ……そうだった。ヴィリーがいたな……」


「ハハ……、頼りになる「犬」だよね……」


 またもやルルの口から出て来たヴィリーの話に、今はハハハと笑うしかないアランとルーカス。


「でも、そうは言っても、やっぱり不便な事もたくさんあるでしょ?」


 一体この森でどんな生活をしているのか気になって、今度はルーカスがそうルルに聞いてみる。


「確かに、大変なこともありますが……。今は、手紙に書かれた注文の薬を作って、郵便箱に入れて置くと、その代金やかわりの食料を入れてくれているし、少しならお野菜も畑に作っているので、今は何とかそれで生活出来ています」


 ルルは森の生活を話しはじめた。面白味はないかもしれないが、ここは両親との思い出が詰まった場所でもある。

 何とか一人でも暮らしている事を二人に語りながら、どこか両親にも報告するような気持ちもあって、一生懸命、大丈夫だと言う事を伝えたかったのかもしれない。


「どうしても必要な物がある時は手紙でロッティに……友達なんですけど、頼んだりすると買って来てくれて郵便箱に……。なので、今のところ一人で暮らすぶんには、不便というまでの事はあまりないです」


「そっか。思ったよりルルちゃんは(たくま)しいんだね。でもさ、寂しくない?」


 ルルの話にそう言いながらもルーカスは、さらりと核心をつくような質問をする。あまりにもルルが良い子過ぎて、逆にそれが心配になってきたのだ。

 大変だとか、悲しいとか、寂しいとか、思わないなんてないはずだ。


 だけど、それをぶちまけてしまえばギリギリの所で保たれている、村の人達との繋がりが切れてしまうことになるかもしれない。ルルにとってもそんな事態は望んでいないのだろう。

 ただ、色々な気持ちを無理に心に溜め込まないで、せめて今だけは自分に少しは吐き出してくれたらと、そんな事を思いながら聞いてみた。

 すると、少し間が空いて、ルルは少し(うつむ)きながら口を開いた。


「寂しい……のは、あります。でも、それはここで暮らしているからとかじゃないんです。父さまと母さまがいないのは、いつも寂しくて、たぶんそれはどこにいたって、ずっと無くならないんだと思います。でも、両親が建てたこの家にいると、いつも見守ってくれているような気がして、ヴィリーもいてくれるから、寂しいけど……でも、大丈夫なんです」


 そう言って、顔を上げたルルは小さく笑った。そんなルルを見て思わず彼女に手を伸ばそうとしたルーカス。そして、アランもまた彼女に何か言おうとした。

 しかし、それを(さえぎ)るように、ルルと二人の間にするりと割り込み、少女に擦り寄ってルルを慰めようとするヴィリー。


「ふふっ、ヴィリーいつもありがとう」


 そんな愛犬(・・)の仕草に、頭だけではなく全身くまなく撫でまくるルル。


「……」


「……」


 仲の良さを見せつけられ、何だか美味しい場面を、ヴィリーに独り占めされたような気持ちになった二人。ひとまず、ルーカスは伸ばした手をそのまま引っ込め、アランは言葉を飲み込んだ。


 話が一段落すると、思ったより話し込んでいたらしく、ずいぶん夜も更けていたので、ルルは二人にしっかりと布団を被せ、あわてて明りを消した。具合が悪くなったら、隣の部屋にいるから遠慮なく呼んで欲しいと言い残し、寝室から出ていった。


 まだ、男二人で同じベッドに寝そべるのには抵抗があった。


 しかし、そんな事は目を(つむ)ると、すぐにある人物が思い浮かんで気にならなくなった。辛い目に合いながらも、誰を恨むことなく、亡くなった両親の跡を継いで懸命に勉強し、薬を作りながら、この森で一生懸命に生きている少女のことを。


「良い子だな」


「ああ。本当に心の優しい子だ」


 ルーカスのつぶやきに、アランも素直に同意した。が……。


「おい、アラン喋んなよ。せっかくおまえの存在忘れかけていたのに」


「それは、こっちの台詞だ。ルーカス!」



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