森での再会 7
ルルとルーカスにアランが改めて向い合って会話を始めたのは、とっくに日が暮れてからだった。
あれから、ルルは二人に無事薬を飲ませると、しばらく安静するように言い残し、洗濯の続きをするために井戸へ戻ろうとした。
しかし、ルーカスとアランは、自分達の状況やその他色々聞きたい事がいっぱいであった。
それに、これ以上少女に迷惑を掛けるにはいかないと引き止めたが、痺れ作用を起こしている原因となった、花粉を早く洗い落とさないといけない事や、森では日が暮れるのが早いので、話をする前に済ませたい事を、優しく丁寧にルーカスとアランに言い聞かせた。
彼女の言い分はもっともだが、その様子に意外にもこの少女には、頑固な一面があるのかもしれないと思った二人だった。
ルルが寝室からいなくなると、仕方ないので二人はルルに言われたように、しばらく安静にしていると、いつの間にか少し眠ってしまったようだった。
目覚めるとすでに日は落ちており、寝室にはいつのまにか蝋燭の明りが灯っていた。食事を勧めるルルに二人は今度こそ話し合いを求めた。
ルルは少し考えたが、それならせめてといってもう一度薬とたっぷりの水を飲ませ、やっと落ち着くとベッドの横の椅子に座り、ルーカスとアランに向き合った。
「あの儀式の時……、私を助けてくれたのは、あなた方ですよね? あの時の事はところどころ記憶がぼんやりしている部分もあって、お二人の顔をあまり覚えていなくて……」
最初に口を開いたルルだったが、思い出したくない出来事に、顔が強張り、段々と声がしぼんでいった。
あの時の恐怖と混乱で、助けてくれた二人の顔を覚える余裕はなかった。しかし、自分を包み込んでくれた腕の温かさと、掛けられた優しい言葉だけは、何故かはっきりと覚えていた。
ルルの沈んでいく顔を見て、ルーカスはつとめて明るく話し掛けた。
「元気そうで本当に良かった。俺、ルーカス」
「やっと会えたな。アランだ。あれから君の事が気になってルグミール村に様子を見に来たんだが、森の中で生活していると聞いて……」
「そうそう、ちょっと心配で森に入ったんだけど、今度は逆に俺達が助けられちゃったみたいで……情けないところ見せちゃったね」
心配して来たのに、オオカミの罠にまんまとはまり、その少女に今度は自分達が助けられるなんて、なんとも不甲斐ない再会となってしまったが、やっと名乗る事が出来た二人だった。
「あの時は、助けてくれて本当に……、本当にありがとうございました。私は、ルルと言います」
ルルもやっと会えた命の恩人に、感謝を伝えることが出来た。どんなに感謝してもしきれない。本当は、もっといっぱいそういう気持ちを伝えたかったのに、胸がいっぱいになって、今はそれだけを言うのが精一杯だった。
「ルルちゃんって言うんだ? 可愛い名前だね」
「おい、気安く彼女の名前を呼ぶな。ルーカス」
「何でだよ!?」
再会に感動しているルルを前に、名前の呼び方でケンカを始めてしまった二人。そんなルーカスとアランのやりとりを見て、少し緊張が解れてきたのか、ルルはふっと小さく微笑むと、再度お礼を言った。
「私が目を覚ました時は、お二人はもう王都に帰ったと聞いて、お礼も言えずにいたので、ずっと気になっていたんです。本当に、ありがとうございました」
ルルがペコリと頭を下げたが、それを見たルーカスとアランは、少し情けなさそうに話し始めた。
「いや、こっちこそ今日は、ルルちゃんに助けてもらったみたいだし……迷惑かけてごめんね。薬とかこの傷の手当とかも、全部ルルちゃんがしてくれたんだよね。ありがとう」
「そうだ、確か俺達は森の中でオオカミに遭遇して、逃げ回っているうちに急に体の力が入らなくなって……、俺達を見つけてくれたのはルルなんだろう?」
「ちょっと待て、アラン。俺に気安く呼ぶなつっといて、お前はなんで呼び捨てにしてんだよ?」
何やらまた、名前の呼び方で揉め始めたルーカスとアランを止めようと、ルルは慌てて二人を発見した時の状況を説明した。
「急に体に力が入らなくなったのは、お二人が倒れていた場所に咲いていた白い花が原因だと思います。あの花粉には痺れと眠気を引き起こす作用があって、それを吸い込んじゃったからかもしれません」
「そうか。もしかしてオオカミは、俺達をわざとその場所に誘導していたのか……」
「なるほど、アランの言う通りかもな」
ルルの話に二人は、オオカミが無闇に襲ってこなかった理由が、何となく分かった気がした。自ら手を下さず、あの花の場所へ追い詰めて二人の身体の自由を奪ったのだ。
――でも、そのオオカミって……。
「実は、最初にお二人を見つけたのはヴィリーなんです。それを知らせようと、私を呼びにきて後をついていったら、お二人を発見しました。その時にはお二人の言う『オオカミ』の姿はなかったので、きっと、ヴィリーが追い払ってくれたんだと思います。あ、ヴィリーというのは、この森で一緒に暮らしている、とっても強くて賢くて頼りになる『愛犬』です!」
ルルにとってこの森にオオカミがいるという話は初耳だった。
一度も遭遇した事がなかったからだ。
けれど、きっと勇敢なヴィリーが常に警戒をしてくれていて、今まで近づいてこなかったのだろう。そう思うとますますヴィリーへの感謝と信頼の気持ちが増して、少々、誇らしげに二人にヴィリーの話をするのだった。
しかし、当のルーカスとアランは、嫌な予感がしてたまらなかった。さっきから薄々そうなんじゃないかと思っていたが……。
「あの、ヴィリーっていうのは、さっきここにいた……」
「はい! お二人が最初に目を覚ました時も、教えに来てくれたんですよ」
「えっと、『犬』って、言ってたけど……」
「私が小さい頃、両親と訪れた森で出会ったんです。当時はよく遊んでもらっていたんですが、それから色々あって……数年間会っていなかったんですが、少し前にまたこの森で再会して、今はここで一緒に暮らすようになったんです。何かと助けてくれて、いつも守ってくれて、すごく頼りになる……確かにヴィリーは『犬』だけど、私はもう家族みたいに思っています。あ、お二人にもちゃんと紹介しますね」
そう言って、ルルが寝室を出てヴィリーを呼びに行った。その隙にアランが小声でルーカスに尋ねた。
「おい、ルーカス。俺達を追い回していたオオカミって……」
「ああ、彼女の言うヴィリーって奴だ」
「ルルは、犬って言ってたけど……」
「オオカミだよな……」
「ああ……どう見てもオオカミだった」
絶対の信頼を寄せ、しきりにヴィリーの自慢をするルルに、二人とも犬ではなくオオカミだという真実を、告げるべきかどうか迷っていた。
もしかして、そのヴィリーとやらが、俺達を追い回していたのは森に侵入してきた余所者だからだろうか。
そう考えると、ルルの言う通り、森の生活でひたすら彼女を守ってくれているという話も、あながち間違いではないのかもしれない。
しかしそれが事実なら、恐ろしく賢いオオカミだ。
どうしたものかと二人で相談していると、ルルが問題のヴィリーを連れて戻って来た。
「ヴィリー、私の命の恩人のルーカス様とアラン様だよ」
「ルーカス様、アラン様、こちらが自慢のヴィリーです」
思わず「自慢」と言う言葉が出てしまったが、とびっきりの笑顔でヴィリーを紹介するルル。
――可愛い。
一瞬、オオカミの事など忘れて、ルルの笑顔に見惚れてしまっていたルーカスとアラン。しかも、自分達の名前初めて呼んでくれたことに、しかも「様」付きだ。
その事にしばらく感動していると、ハッとするほど鋭い視線を感じてその方を見ると、ヴィリーが何やら釘を差すかようにこちらを睨んでいた。
まるで彼女の騎士気取りだと、思わずにはいられない二人だった。
しかし二人にはそんな厳しい視線を向けながらも、ルルに頭を撫でられ何かを話し掛けられると、ヴィリーはしっぽをパタパタと振り、擦り寄って甘えたりもしている。
ルルの前では完璧な犬として振舞っていた。
「ルルちゃん、ヴィリーってさぁ……」
それでも、ルーカスが意を決してヴィリーの話題を持ち出そうとすると、またもやこちらを睨みつけてくるヴィリー。まるで余計な事を言うなと、警告しているような視線に、ルーカスは思わず口をつぐんだ。
――とにかく、体が治るまでは……黙っておこう。
ルルと固い絆で結ばれているのは、見ていて充分伝わってきた。
きっと、真実を知ったところで、ルルのヴィリーに対する揺ぎない信頼の前には、オオカミだと言う事は些細な事なのかもしれない。
今のところ自分達を襲うそぶりもない。たぶん……。
とにかく、今の段階では静観せざるを得ないルーカスとアランだった。




