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森での再会 3

時はほんの少し(さかのぼ)る。



 暗闇のなかを、ルルはひたすら逃げ(まど)っていた。


 姿は見えないけれど、何かに追いかけられている。

 走っても、走っても(のが)れられない恐怖に、必至で助けを呼んだが、誰も来てくれない。すると、突然地面がなくなりルルは真っ逆さまに()ちていく。悲鳴と共に涙が(あふ)れた。


 ――嫌っ……! こんな所で死にたくない。


 ――私、まだ生きたい。


 ルルがそう思った瞬間、ぐっと体が持ち上がるような感覚がした。

 そしてそのまま、何か強い力で(すく)い上げられるように、ぐんぐん上昇するルル。やがて、暗闇の先に光が見えた。

 まぶしくて目が(くら)みそうな、でもとても温かいその光に、ルルは手を伸ばした……。


 ――モフッ!


 ルルの手にモフモフとした感触がした。何だろうと思いながら、しばらく“それ”を確かめるようにまさぐっていると、生温かくヌメッとしたものが、ルルの顔をペトペトと()い回った。


「わっ、ぷ! な、なに、ヴィリー……? や、やめっ、分かったから」


 ヴィリーがルルの顔を舐めて起こすものだから、慌ててベッドから起き上がる。


「ん〜……。おはよう、ヴィリー」


 背伸びをしながらヴィリーに朝の挨拶をする。

 さっきまで怖い夢を見ていたような気がしたけれど、途中何だか温かいものに包みこまれた感じがして、目覚めは悪く無かった。


 森の家で暮らし始めたルル、今はだいぶ慣れてここでの生活の習慣みたいなものが、徐々に出来はじめていた。


 森での生活で、変わったのは朝が早くなった事だろうか。

 ヴィリーに起こされたルルは手早く身支度をすませると、まず手紙の封を開け中身を読む。森の手前に目立たないように郵便箱を作っており、そこで村の長や、ロッティやニコルと手紙のやり取りを頻繁(ひんぱん)にしていた。


 三人ともとても心配をしてくれているようで、そんな内容がびっしりと書かれており、毎回封筒は分厚かった。そして手紙には時折、薬の注文なども書かれていた。ルルがルグミール村を離れたことで薬の調達の問題が起り、村の長が窓口となって、薬の注文を取り扱う事になったのだ。


 何処から取り寄せているのか村の長はあえて言わなかったが、馴染みのある薬の味に皆薄々気がついていた。ルルの噂をしていた村人達にとってはバツの悪い事だったが、薬は必要不可欠だったので、それに文句を言う者はいなかった。


 表向きルルは、薬の勉強で村を出たという事になってはいたが、追い出したといっても過言ではない。(森で暮らしている事は、贄の件に関わった者しか知らない)そんな少女に、薬を注文するなんて随分な話ではあったが、ルルにとっても貴重な収入源であったし、何も村のみんなを嫌いになったわけではないので、こころよく引き受けていたのだった。薬草の勉強の合間に、注文の薬を調合し郵便箱の箱に入れて置くと数日後、代金やその代わりとなる食糧を入れてくれたりするのだ。


 手紙を読み終えると、返事を書く。

 森は暗くなるのが早いし、蝋燭(ろうそく)などの灯りはあるがなるべく節約したいので、これが朝の日課となっていた。しかし、あまり変化のない森の生活では、そんなに書く事もなく、貰ったものに比べてルルの返事はいつも簡潔で短かかった。


 それから、家のそばに作った小さな畑で栽培を始めた薬草の手入れをする。

 中には育てるのに難しいものもあるので、熱心に観察を行い、世話をしていた。調合の勉強や研究も大変だけど、こういう作業もルルは(おこた)らずにこなしていた。


 そして畑には薬草の他にも、ちょっとしたスペースに野菜なども育てていた。

 一段落するとやっと朝ごはん。村に住んでいた時に比べると、やや質素に思える食事だが森の空気が合っているのか、ルルの体の調子はすこぶる良かった。


「ヴィリー、今日も薬草摘みに行くよ」


 朝食が済み、着替えが終わると大きな声でヴィリーを呼ぶ。

 森へ移り、ルルの両親の残してくれた膨大(ぼうだい)なノートを元に、今までに増して薬師としての勉強や研究に力を入れるようになった。


 そして、今やヴィリーはルルの森の生活には欠かせない存在になっていた。

 常に少女(ルル)のそばに寄り添い、ルルでさえ森で迷いそうになった時は道を先導してくれたり、不思議と危険な獣に遭遇(そうぐう)しないのも、たぶんヴィリーが警戒(けいかい)してくれているお陰なのだとルルは思っている。


 この日もいつものように、薬草の採取に行こうとヴィリーを呼んだ。一緒に暮らしてはいるが、朝ルルが起きて畑の仕事をしている間は、場所的に危険が少ないと判断して、見回りがてら散歩でもしているのか、姿を見せない時も多かった。

 しかし、普段ルルがひと声掛けるだけで、どこにいてもやってくるはずのヴィリーが、今日はなかなか姿を見せない。


「あれ、おかしいな……。いつもはすぐに顔を見せるのに。ヴィリー!」


 もう一度大きな声で呼んでみた。

 すると、後ろの方の茂みからガサガサという音がした。やっと来たと思って、振り返るとそこには二頭の馬がいた。


「……」


 この森に野生の馬なんていたんだろうかと思ったが、すぐに鞍がついているのに気がついて、乗馬用に訓練された馬だということが分かった。


 しかし、この森に何故馬が? しかも、人の姿は見えない。

 ルルが不思議に思っていると、不意にヴィリーの遠吠えが響き渡る。その鳴き声に二頭の馬は、怯えたように身を寄せあっている。


 ルルもいつもとちがった様子に緊張が走る。

 すると、馬とは違う方向の茂みから、またガサリと音がして、警戒しながらも様子を見ていると、ひょっこりとヴィリーが顔を出した。


「ヴィリー、どうしたの? どこか怪我(けが)したの?」


 すぐに駆け寄って、体をなで回しながらどこか傷ついていないか確認する。ルルにとってヴィリーはただ犬ではない、すでに家族同然の存在なので心配も尽きない。

 そして、少女のその優しい仕草にヴィリーもまたクゥ〜ンと甘える。

 しばらくして、怪我がないと分かると、ルルはホッと胸を撫で下ろした。


 すると、後ろの方で怯えて逃げ出そうとしていた馬を、すかさずヴィリーがギラリとひと睨み。そのまま、じっとしていろとでも言ってるいかのように、くぐもった(うな)り声を上げている。


「ヴィリー、そんなに(おど)かしたらダメよ。この馬はちゃんと訓練されているから、むやみに暴れたりしないわ。ね?」


 ね? と、おもむろに話し掛けられた馬達だったが、ルルの言葉を理解したのか、ヴィリーからかばってくれようとする少女に、思わず目を潤ませた……ような気がするくらい大人しくなった。


 その様子に、しぶしぶといった感じでヴィリーも威嚇(いかく)するのをやめた。

 そして、ルルに擦り寄ると、何やらこっちへ来いというようなに、服を引っ張った。ルルは不思議に思いながらも、絶対の信頼をおくヴィリーのその仕草に従い、後をついていった。



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