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森へ 1



 水不足が解消される。


 一度は村全体で湧き上がった水路事業。

 干ばつ被害の救援物資も届きはじめ、王都から水路建設の指導者も派遣された。

 費用支援の他に労働賃金も支払われるというので、農繁期との日程を調整しながらも新たな働き口が出来たと多くの者が喜んでいた。


 派遣されて来た指導者は、村人達に測量(そくりょう)技術を教え、設計図の書き方やその他色々な事を教えてくれた。最初はちんぷんかんぷんの村人達だったが、若者達は初めて触れる高い技術に興味を抱くと、熱心に習うようになっていった。

 しかし、派遣された者も常に村にいるわけではなかった。王都への報告やらで村を離れる時もある。それでも、若者達を中心に緻密な測量を慎重に行いながら、水路建設自体は地道に進んでいた。


 ところが、肝心の水脈発見は予想通り難航(なんこう)していた。

 地形を考慮(こうりょ)しながら、候補地をあげてゆき採掘(さいくつ)してみるがなかなか発見には至らない。もちろん、容易に見つかるものではないということは、事前の説明会でもさんざん聞かされていた。それに今は救援物資も支給され、村の状態は快方に向かっている。


 けれど、賛成はしたものの村人達にとっては、いまだ途方もなく思ってしまう事業には変わりなく、枯れかけた村の井戸を思うと、地下に豊富な水脈があるなんて、雲をつかむような感じの話で、半信半疑のままの者も多かった。


 ――本当にこの村に水路なんて、出来るのだろうか……。


 新しい事業に疲弊(ひへい)しきっていた村の不安が尽きることはなく、徐々に勢いが落ちていった。


 ――目先の上手い話につられて飛び付いたが、これで良かったのだろうか……。


 不安は、焦りと事業への不審に火をつけ、人の心を(むしば)んでいく。


 すると、なかなか不安を拭い切れない状態に、村人達の間では密かに雨乞いの儀式の中止を(なげ)く者が、出てくるようになってしまった。

 水路事業を始める時に、儀式の中止は伝えたものの明確な理由は述べていなかったが、当時は水路の方に気を取られて、深く追求する者もいなかった。

 しかし、ロッティの親子ゲンカが噂の発端となり、ルルがしばらく療養していた事も重なり、あっという間に広まってしまった。


 そして、贄の件を知らない村人は、儀式中に倒れたルルが原因で、失敗したんじゃないかと噂するようになってしまっていたのだ。


 村の長の懸念(けねん)が的中してしまった。

 この噂の誤解を正そうと、儀式の中心人物達は奔走した。しかし、これからの村とルルのためには、後ろ暗い真実は何としても隠し通したい。

 そんな思いが、歯切れの悪い説明となってあらわれ、水路事業を村全体の相談もなく、一方的に決定したことも災いして、なかなか納得してもらうには至らずにいた。

 そして何より、いまだ一滴の雨も降らないことが、その噂に拍車(はくしゃ)をかけていた。



「おはよう、ルル。これから薬草摘み?」


「……おはよう。ロッティ」


「体はどう? まだしんどいなら付いて行こうか? あ、これサンドイッチ。お昼に食べてね」


「あのね、ロッティ。私は大丈夫だから、あんまり外で私と喋っちゃ……」


 体調も戻り、普段の生活に戻ったルルも、そんな村人達の様子に気がついていた。

 もちろん、村の長をはじめ真実を知る者は(かば)ってくれているし、それは嬉しく思うが、今の自分に関わることで親友まで変に言われないか、それが心配だった。

 そんな思いで、たまらずロッティに自分に話し掛けないよう言おうとしたが……。


「何言ってんの! ルルのせいなんかじゃないでしょ。噂なんて気にしないの!」


 ロッティのいつも明るく、変わらずに接してくれる態度に、少しだけ救われた気持ちになる。

 けれど、ルルは何もその噂ばかりを、気に病んでいるわけではなかった。贄の件を知る者は率先して庇ってくれるが、ルルを見る度に自分達の罪深さを痛感し、激しく心を痛めているのが、ルルにも何となく伝わっていたのだ。


 そして、ルルもまた事情を知る者達と、以前のように接することが出来ないでいた。

 あの時の恐怖が忘れられずにいて、顔を合わせるとどうしても身構えてしまうのだ。もう大丈夫なんだと心の中で自分に言い聞かせても、そんなつもりはないのに条件反射のように全身が強張ってしまう事に苦しんでいた。

 それが、相手にも伝わり関係はギクシャクしたままだった。


 今は時間が何よりの薬。

 そう分かっていても、自分がここにいることで、いつも苦しんでしまう人達がいる。真実は違えど、村の雰囲気がどこかおかしいのも、自分が原因なのは間違いないことに悩んでいた。


 ロッティと別れ、そんな事を思いながら歩いていると、いつのまにか森の近くまで来ていた。


 神聖とされながら、迷いの森とも呼ばれ、信仰と同時に恐れを抱かれている。

 村の人はもちろんの事、ここを知っている者は決して近づかなかった。実際、以前踏み入った者もいたが、森の中には毒草なども自生しており、森から追い出されるように命からがら出て来たという話を聞いたことがあった。


 しかし、ルルにとってこの森は、そんなに怖い場所ではなかった。


 実は、ルルの両親は薬草の研究も兼ねて、森に出入りしていたのだ。珍しい植物を持ち帰り研究したりしていたが、貴重な薬草は栽培して少しでも増やしたいと考えていた。

 その場合、栽培環境を考えると、森の中で薬草畑を作るのが理想だった。

 しかし、万全の準備をして挑まなければならない森へは、そうそう行ったり来たりするのも大変なので、数日間寝泊まり出来る場所が欲しいという事で、普段の採取の際に、森の中にコツコツと小屋を建てていたのだった。


 (おおやけ)にはしていなかったが、その事は村の長と数人の大人達は知っていた。


(今考えると、父さまと母さまって、神聖な森でなんて大胆なことを……)


 しかし、医者のいないルグミール村では、ルルの両親の薬はとても貴重だった事もあり、どうせ誰も他に入る人もいないし、何故か両親はいつも森から無事に帰ってくるしで、うやむやのまま黙認されていた。


 ルルも小さい頃から両親に連れられ、何度も森の中の小屋に行ったことがあった。両親に毒草の知識を教えてもらいながら、慎重に行動していたのか、不思議と両親とはぐれたり、迷うという事は一度もなかった。


 ――ルルは、この森と仲良しだから、迷わないかもしれないな。


 ――さすが私達の娘ね!


 ふと、父と母の言葉を思い出す。森の中で妙に勘の良いルルに両親はそう言いながら、ルルを褒めていた。

 ただ、二人が亡くなってからは、一度も森には入ることはなかった。ルルも両親と一緒だったから比較的安心して行動できていたが、一人でとなるとあの小屋に迷わず辿り着けるか、自信も勇気もなかった。


 けれど今日は、村に居づらいといった様々な状況で、重苦しくなっていた気持ちが、そうさせたのだろうか。


 ルルはどこか自分の居場所を求めるかのように、何の準備もないまま、吸い込まれるように森に足を踏み入れた。



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