そして森の少女は、幸せに包まれる 11
それまではヴィリーの次に歩く人物を交代で受け持っていたが、ここからは念の為にルルが先に歩くことになった。
もちろん危険の心配はあるが、この森ではルルのその危機管理能力の方が優れているのは明白。
悩んだ末に、全体の安全を考えるとそれが今のところ最善だという意見に落ち着いたのだった。
しかしながら、そんな心配をよそに前を歩くルルは薄暗い中を慎重にけれどしっかりとした足取りでスムーズに進んでいく。
それだけではなく、後に続くルーカス達に枝が飛び出している箇所や地面の出っ張りなどに気をつけるよう的確な指示まで出してくれる。
それに従い前をゆく彼女と同じように障害物を回避していく三人だったが、ルルに比べてだいぶ苦戦を強いられていた。
「ルル、あまりひとりで先に行ってはいけないよ」
森の奥へ進むにつれ、その蔦の茂りも深くなっているように感じられた。
薄暗闇の中まるでルルと引き離すかのように、彼女の通ったあとすぐにその行く手をその葉が覆い隠していく。
ふとした拍子に見失いそうな気がして、ルーカスは思わずルルを呼び止めた。
「あ、ごめんなさい」
ルルはルーカスの声に、その場で立ち止まった。
「薄暗がりで視界も悪いのに、よく分かるね」
やっとのことでルルに追いつくと、ルーカスがひと息ついてそう言った。
「これも全部、ヴィリーのおかげです。私はそれについていくだけのことしか……」
「いや、それでもヴィリーの目線より上の空間の障害物もちゃんと察知して、俺達に避けるように指示をしてくれているだろう?」
「そう言われると、何となく分かるとしか言えないのですが……」
ルルとて特別に夜目が効くというわけではないが、薄暗いなりにもぼんやりと周りの景色を把握できるのだった。
それは森で暮らしてきた慣れが、そうさせているのかもしれないくらいにしかルルは思っていなかった。
けれど、他の三人は先ほどほんの少し頭を過ぎった不安が、胸の内にこびりついていた。
やはりルルは、特別な存在だから……ということなのか。
ルーカスと話しているうちに、さらに後をついてきているであろうアランとココがの三人が追いついたか確認しようと目をやる。
すると薄暗闇のなか最後尾のココが辿り着こうとしたその目前に、何かがふっとよぎったような気がした瞬間……。
「ココ様、危ない!」
ルルは声を上げると同時に駆け出し、咄嗟にココを突き飛ばしてしまった。
その衝撃にほんの少し後ろによろめくとココは思わず尻もちをつき、ルルもその反動で体勢を崩したかと思うと手が何か引っ掛かったのかつんのめってしまい、小さな悲鳴を上げた。
「きゃっ……」
そんなルルの体をルーカスが急いで抱き上げた。
「大丈夫か? ルル」
ルーカスのおかげで体勢が安定したルルはホッと息をつくと、腕に絡まったものを振り解こうとほんの少し揺さぶったり捩ったりしたもののなかなか取れない。
「ルル、少し大人しくしていてくれ。おい、アラン頼む」
そんなルルを見てルーカスがアランに声をかける。
「ああ。ちょっと、待ってろ」
声をかけられたアランは腰に差していた短剣を右手で抜くと、その反対の左手でルルの腕に絡まっている物体に這わせその上の部分に刃を滑らせた。
多少の抵抗感を感じる感触がしたが、そのままぐっと力を入れるとプツリと切れる音がしたかと思うと、ルルの腕に絡まっていた物がするりと解けてそのまま地面に落ちた。
正直、そんな気はしていたものの、足元に落ちた蔦の姿にルーカスとアランは思わず息を呑んでしまった……。
そこへ尻もちをついたココが起き上がり、ひとまず先にルルに謝った。
「申し訳ありません、ルル……」
「そんな……。私こそ思わず突き飛ばしてしまって、申し訳ありません。お怪我はありませんでしたか?」
「いえいえ、ルルが気づいてくれなければ、私の身長だと首に絡まってもっと大変な目に遭ってしまっていたかもしれません。おかげで助かりました。ありがとうございます」
「それにしても……」
お礼を述べたあと、ココも地面に落ちたそれに目をやると思わず眉をひそめ、言葉が途切れてしまった……。
だが、そのあとに続く言葉をアランが引き継ぐようにぽつんとこぼした。
「森の妖精の呪い……」
その発言にルーカスも、すぐに否定することが出来なかった。
そこへ追い打ちをかけるように、ココが言葉を重ねる。
「森の妖精は……ルルを『おともだち』と勘違いして呼び寄せているのでしょうかね……。皆さんも植物に象徴的な意味を担わせる伝統があるのはご存知だと思いますが、蔦の花言葉を知っていますか?」
黙り込んでしまっているルーカスやアランをちらりと見やったあと、ココは視線を地面のそれに向けながらその花言葉を口にした。
——死んでも離れない。
その場の空気が、ズンッと重くなったような気がした。
ところが、そこへ……。
ぐう〜っと、お腹が鳴る音が響き渡った。
「……」
その一音のおかげで、張り詰めていた空気が緩んでいくのが感じられた。
しかし、お腹の虫の飼い主は何やら真剣な雰囲気をぶち壊してしまったのではないかと、ルーカスの腕の中で可愛らしくわたわたとしている。
「少し早いけど、休憩にしようか。ルル」
「……はい」
ルーカスの優しい気遣いに、ルルは恥ずかしそうにうつむくと小さく返事をしたのだった。




