そして森の少女は、幸せに包まれる 9
そこに足を踏み入れた瞬間、ルルは思わず身震いをしてしまった。
いつも薬草を採取していた辺りからほんの少し分け入っただけで、すっかり様子の変わった森の姿が広がっていた。
事前にココと来た時、一度この光景を見ており心の準備は出来ていたつもりなのに、あらためて蔦の葉で空が覆われ太陽の光が届かない空間を目の当たりにして、ルルは思わず身震いをしてしまったのだ。
薄暗さとその寒さにルルが肩を小さく震わせると、ふわりと暖かい感触に包まれた。
「ルル、寒いのか? これでも掛けていろ」
アランが上着を脱いで、ルルに掛けてくれたのだが……。
「アランさ……」
「アラン、すまない」
ルルが口を開こうとしたのを遮り、ルーカスがすかさずアランにひと言詫びを入れると、ルルにかけられたばかりのアランの上着を剥ぎ取り、それをつっかえした。
「……」
ムッとしながら無言でそれを受け取るアラン。
「あ、あの、ルーカス様?」
せっかくのアランからの善意をひと言のお礼も言わずに、突き返したことにどう反応すればいいのか分らず困惑顔のルルをよそに、ルーカスとアランの口撃が始まった。
「……何だ。ルルが寒そうにしていたから、上着をかけてやっただけだろう」
「いや、今お前……、俺が上着を脱ぎ始めたのを見て、自分がルルの真後ろにいたことをいい事にすかさず横取りしただろう」
「……言い掛かりも、大概にしろ」
呆れた声でルーカスの言葉を一蹴りしたアランだったが、実は図星だった……。
確かに、ルルには幸せになって欲しいという気持ちは変わらない。
ルーカスもようやくだがその覚悟を決めたであろうことも承知している。
が、まだまだ危なっかしさを感じる愛すべき相棒に危機感を持たせることで鍛えてやろうという自分なりの親切心……。
というのは建前で、これまで散々ルルを傷つけた代償として、隙あらばこうやってしばらくは懲らしめてやろうという魂胆でもあった。
「ルルは俺の上着なんて、嫌だったか?」
ルーカスに突き返された上着を片手に、アランが悲しそうな表情を浮かべてそう尋ねると、ルルは慌てて首を横に降った。
「そ……そんな事ありません。気遣ってくださって、ありがとうございます」
戸惑いつつもルルがお礼を述べ、まるで花がほころぶような微笑みをアランに向けると、途端にルーカスへの嫌がらせの気持ちは消え去り、アランの胸は思わずほんわかと暖かいものに包まれる。
まだふとした瞬間、胸が締め付けられるような痛みを覚えることがある。
けれど、自分に向かってこんなふうに微笑んでくれるルルに、積み重ねてきた日々は無駄ではなかったことを身に沁みて感じるアランだった。
しかし、そんな二人の空間に割って入るルーカス。
「ルル。もし寒いなら、俺の上着を貸すから……」
「そんな、ルーカス様は怪我がなおって間もないですし……」
アランの上着の代わりに自分のものを差し出そうとするルーカスだが、それに反してルルはルーカスの体を気遣いやんわりとそれを遠慮しようとしたのだけれど……。
「これくらいの事でって思われるかもしれないけど……。自分の好きな子が、他の男の上着を着ているのを黙って見ていることは出来ないんだ」
「え、えっと、それって……」
ルーカスの率直な言葉に、ルルは思わずどぎまぎしてしまう。
「嫉妬してるってこと。だから、寒いなら俺の上着を着て欲しい」
てらいもなく面と向かってそう告げられると、ルルの胸にぽっと熱が灯る。
「は、はい……! あ、でも、その、今は、大丈夫です……から。でも、ありがとうございます」
ほんのり顔を赤らめ小さくお礼を言うのがやっとのルル。
そこへ……。
「ふふ、話がまとまったことで、そろそろ進みましょうか?」
今までのむず痒くなるようなくだりを、生暖かい目で見守っていたココが頃合いを見計らって口を開いた。
本来なら気を引き締めて挑むべきところだが、あえて急かすことはなかった。
こんな時でも普段と変わらない雰囲気を作り出せるのも、また彼等の強みなのかもしれないと、三人の絆を感じるココだったのだ。




