そして森の少女は、幸せに包まれる 7
――この森が、このまま弱っていくなんて嫌です……。
「ここは、父さまと母さまと過ごした楽しい思い出が詰まった場所……。ヴィリーとふたりで暮らしてきた場所……。そして、ルーカス様とアラン様に出会った場所……」
密かに“迷いの森”と呼ばれながら、それでもルグミール村で居場所をなくし心の傷を抱えたルルを、この森は受け入れてくれたのだ。
村人達からの心ない噂を遮り、平穏な生活をルルに与えてくれた。
最初は、それだけでもう十分だと思っていた。
いつかは森を出なければと考えていたルルだったが、ヴィリーがそばにいてくれるのなら、このまま静かに森で暮らしていくのも良いんじゃないかとさえ……。
けれど、この森はルルにかけがえのない出会いと日々をもたらせてくれた。
ルーカスとアランとの交流は、ゆっくりとルルを再生させてくれたのだ。
確かに、今はそのせいで大変な状態に陥っているのかもしれない。
けれどそれ以上に、この森はルルにたくさんの幸せをもたらせてくれた大切な場所に変わりはないのだ。
そんなかけがえのない場所が弱っていく様子を、ルルが見過ごすことなどできるはずもなかった。
そしてルルはもうひとつ思ったことがある。
先ほど、希少な薬草に絡みついていた蔦を剥がそうとしたヴィリーの姿を見た時、ひょっとしたら姿が見えなかった間、ヴィリーは人知れず森の奥に分け入り、他の植物に悪影響を及ぼしているあの蔦の駆除をしていたのかもしれない。
主の身を案じ、ルルには内緒でたったひとり……。
ルルはその場にしゃがみ込むと、いつのまにか傍らに寄り添っていたヴィリーを抱き締める。
「ヴィリー、これまで本当にありがとう。今度は、私も一緒にこの森を守っていきたい。だからこれからも一緒に頑張ろうね」
その言葉にヴィリーは嬉しそうに尻尾を振ると、愛おしむように自身の頭を何度もルルの体に擦りつけるのだった。
そんな光景を見せられたら、危険だからやめようと言えるはずもなく……。
「今となっては、自分にとっても大切な場所だからな。俺もルルとヴィリーの力になりたいと思う」
ルルの想いに、ルーカスもまたここで過ごした時間を振り返り、その幸せを噛み締めるようにそう告げた。
「……そうだな」
アランも感慨深げにルーカスの言葉に頷くと、ライアンもそれに納得した様子だった。
「まぁ、確かにアレはこのまま放置しておいてもいい代物とも思えないわよねぇ……」
周りの言葉にルルは顔を上げると、それぞれが優しい眼差しを自分に注いでくれていた。
大切に思う人達を危険な場所に付きあわせてしまう申し訳なさを感じつつも、ルルはこの上ない心強さを感じるのだった。
「つい、余計なこと言っちゃってごめんね、ルル」
ライアンがおもむろに謝るも、それはルルを心配しての発言だということくらい誰にでも分かっていることだった。
だから、ルルは全力で首を横に振ると、ライアンの優しさに笑顔で応えるのだった。
「もうっ! そんな顔してっ……」
そんな表情をしたルルを見たら、そりゃライアンとてぎゅっと抱きしめたくもなるのだろう。
しかし、ルルを抱き上げるとそのまま押し黙ってしまった。
「ライアン様……?」
そんないつもとは様子のおかしいライアンに、ルルはそっと手を伸ばすと彼の大きな頭をおそるおそるなでてみた。
「……アタシったら、だめねぇ。ルルに気を遣わせちゃって……。でも、ほらぁ、今回はアタシがついててあげられないでしょ? だから、ね、やっぱり……心配が尽きないものなのよ、ねぇ」
そう言うと、ライアンのルルを抱擁する腕にほんの少し力が強まった。
そばにいれば、何かあったとき咄嗟に手を差し伸べることもできるだろう。
けれど今回、留守番を任された身ではそれをしてやることは困難だ。
だから、さすがのライアンもつい不安に駆られたりしたのである。
「ルル、ちゃんと無事に帰ってくるのよ」
「はい。ライアン様」
ルルの返事にやっと少し安心したライアンは、ルーカスとアランに向かってこう言った。
「アンタ達! ルルに何かあったら承知しないんだからね!」
ライアンともまた長い付き合いのルーカスとアランも、これまで周りの不安や心配も全部なぎ倒し我が道を突き進んできたライアンの、そんな姿を見たことがなかった。
だから、やっといつもの調子を取り戻したようなライアンの言葉に、ルーカスも真摯に答えたのだった。
「ああ、お前の分まで必ず……。安心してくれ」
「ふんっ、台詞は格好良いんだけど……。ベッドの上じゃちょっと様にならないわねぇ」
ルーカスの返答に心の内では満足したものの、さすがに照れくさかったのか憎まれ口を叩くライアンだった。
◇◆◇
それからまた数日が経ち、ルーカスは休んでいるあいだ鈍ってしまった体力の回復の一環として、ルルとココの薬草採集に一緒についていったりするようにもなった。
それには日替わりでアランやライアンも一緒にくることがあったが、依然として二人はルルの森の家の周辺の計測も継続しており、さすがに不審に思うルーカスだったのだが、何度尋ねても不敵な笑みを浮かべるだけで頑として口を割らなかった。
気にはなりつつも、今は体力の回復に専念すべきと言い聞かせ、今は余計な気がかりを増やさないように見て見ぬふりをすることにした。
そして、少しずつ準備は進んでいき、ようやく出発の日を迎えることとなった。




