そして森の少女は、幸せに包まれる 4
「こんな場所があったなんて……」
ルルは天の仰ぐと思わずそう呟いた。
すると、隣にいたココもそれにつられるように空を見上げる。
「なるほど……。この蔦が樹々全体を覆い、その葉で太陽の光を遮っているようですね」
本格的な森の奥への出発はルーカスの怪我の回復を待つことになったので、そのあいだルル達はそれぞれ役割分担を決め普段の生活を送りながら、来るべき日の準備を徐々に始めていた。
サマンサは主な調理を担当し、配膳などは皆で手伝う。
アランとライアンはルルに了承を取りながら何やら森の家の周りの広さ、日照位置や時間を測っていた。
それに何の理由があるのかルルは二人に聞いてみたのだが、ちょっとした未来設計だと告げられただけで今のところ詳細は教えて貰えなかった。
けれど、やけにウキウキしながら取り組む様子のライアンを見て、きっと楽しい未来なのだろうとルルも嬉しく思ったのだった。
そして、ルルはというとルーカスの容体が安定していることもあり付きっきりの必要もないので「せっかくの機会を活かしてはどうか?」とルーカスに背中を押されて、ココに師事してこれまで独学だった薬草学について知識を深めることとなった。
そうしてこの日は、ルルが日課としている薬草の採取にココもついていき、無理のない範囲で森の様子を見て回ることになった。
もちろん、今の状況で深入りしないようヴィリーに先導してもらっている。
すると、普段ルルが薬草を採取していた場所は少々茂っている箇所もあれど、木漏れ日が差し込むおかげで、薄暗い印象などなかったのだが……。
この日ヴィリーに案内された場所は、太陽の光がほとんど遮られており昼間だというのに辺りは薄闇に包まれていた。
森で暮らし始めて、この当たりも随分と散策してきたように思っていたけれど、ルルもこのような場所に足を踏みいれたのは初めてのことだった。
もしかして、これまでヴィリーがルルの身を案じ、この場所に近づかないように上手く誘導しながら守ってくれていたんじゃないかと、ルルは改めて思った。
そして……。
「森が弱っている……?」
ルルがその光景を目にして、まず思ったのはそれだった。
「ええ……。成長が著しい蔦の葉により遮られた太陽の光が、根元に自生している背の低い植物たちには届かず、満足な生育がなされていないようですね」
ココの言葉に視線を落とすと、そこにはやせ細った植物の姿が……。
そのうえジメジメとした環境のせいで、土にカビが発生しているのか枯れているものもちらほらと見受けられる。
「色んな植物に絡みついては、成長を妨げているようですね」
「ごらんなさい」とココが指差した先には、希少な薬草の一種で……。
まだ背丈も低くやせ細った茎を締め上げるようにあの蔦が巻き付いて、全体的に飲み込まれかけていたのだ。
「今のところ被害を受けているのは小さな植物ですが、これが続くようならやがて大きな樹も……」
すると、ヴィリーがおもむろに蔦の端を咥えると、引き剥がそうとしたのか強引に引っ張る。
しかし、その力で植物の茎が折れ曲がってしまったのだ。
「ヴィリー、待って。それじゃあ、この子まで傷んでしまうわ。ココ様、この蔦を切り離しても大丈夫でしょうか?」
「ふむ。根を断たないことには、またすぐに絡みつかれるでしょうが……。ここの距離で蔦を切断するとどうなるか様子をみてみるのもいいかもしれませんね。そのかわり何か異変が起こったらすぐに退散しますよ」
ここは幸い森の家に近く、普段採取を行っている場所から少し分け入った所なので、何かあってもすぐに助けを呼ぶことも逃げることも可能だろうと踏んで、ココはルルに了承を出した。
それを受けて、ルルは腰に差していた採取用の小型ナイフ取り出し、その蔦に刃を滑らした。
「あれ? こんな、だったかな……」
以前もこの蔦を切ったことがあったが、その時に比べて弾力が増しているような手応えを覚える。
ルルの力ではなかなか断ち切れずに悪戦苦闘していると、変わりにココがナイフを借り力を込めると蔦はやっとのことでぷつりと切れたのだった。
すると、その瞬間ひゅっと風が駆け抜け、木々の葉が小擦れ合いざわざわとさざめく音が辺りに響いた。
ルルとココは静かにその様子をうかがっていたが、しばらくしてそれ以上何も起こる気配はなかった。
ルルは植物に絡みついた蔦をやせ細った茎を傷めないように、そっと剥がしてあげるとココに診せた。
「ココ様。この薬草を家の裏の菜園に持ち帰って植え直して、日の光に当ててあげればまた元気になってくれるはずですよね」
「ええ。そうですね」
ルルは根を傷めないように慎重に土を掘り起こし、手にとった薬草をじっと見つめた。
「他にも様子が気になるとは思いますが、今は探索はこの辺りぐらいにしておきましょう」
何かを考え込むような様子だったが、今は長居は避けた方がよかろうとココはルルに声を掛けたのだった。