そして森の少女は、幸せに包まれる 3
「お前の能力は、嫌というほど知って……いや、認めている」
ものすごい剣幕でアランに詰め寄るライアンだったが、素直に自分の素質を褒められてややその勢いが弱まるのが見てとれたアランは再度口を開いた。
「だが、森の奥の狭い場所では図体がでかいぶん咄嗟のときの行動が制限され、その能力を十分発揮できない可能性もある」
まぁ……正直、ライアンの場合すべてをなぎ倒して突き進みそうなイメージはあるが、それでも……。
「だからこそ、お前のその尋常ではない頼もしさを見込んで、別に頼みたいことがある。もし、俺達に何かあった時ルグミール村との連絡係となって、応援を呼んできてもらいたい」
今回の件は、あらかじめルグミール村の長達にも事情を報せて、いざという時の応援要請を頼んでおくつもりだ。
幸い、ヴィリーが水脈を発見したことで、ルルへの誤解も徐々に解けかけているので、協力は得られるだろう。
しかし、今ここにいる者の中で森を抜けられそうなココがひとりルグミール村へ駆けつけたとして、いくら事前に事情を報せているとはいえ馴染みのない人物に素直についていくのは少々難しいのかもしれない。
それなら、顔見知りで村人達も人柄を知るライアンをココに同行させるには適任だろう。
しかも、村人達にとってはこれまで神聖とされながら迷いの森としても恐れられている場所である。
そんな彼等を統率して連れてこられるとしたら、ライアンくらい頼もしさを感じる人物でないといざという時ついてきてもらえないかもしれない。
「はっ……! じゃあ……もしかして、さっきのあの話の件は……その変わりってことだったのね。何よっ! ぬか喜びしちゃったじゃない!」
「だが、悪い話ではないだろう」
「くっ……! 仕方ないわね……」
「助かる」
さっきの話というと、ルルとルーカスがふたりで寝室にいた時に聞こえてきた悲鳴のことだろうか。
あれほど憤慨していたライアンがアランの話をしぶしぶ飲み込んだということはよっぽどの案件だろう。
「さっきの件とは?」
何も知らされていないルーカスが気になるのも当然のことだった。
だが、そんな彼の質問に対してライアンはいまだぐぬぬ……と何かをこらえるような表情でひと言……。
「今回は……特別に美味しいところは譲ってあげるわよ」
そう言い残すと、ドスンと椅子に腰をおろし気を落ち着けるためか瞑想を始めたのだった。
そしてメンバー入りの判断を下すのは、残すところルーカスだけとなった。
ルルも先程のアランの話を理解することは出来るものの、ライアンの留守番が決まったことに心細さを隠せないでいた。
ルーカスは未だ怪我の身だ……。無理をさせることはできないと分かっていながらも心配気な顔で見上げるルルに、ルーカスは安心させるように大きく頷くと、意を決した表情でアランに向かい合った。
「俺は、どんな時もルルと一緒に……」
「あー、はい、はい。了解」
しかし、ルーカスの決意とは裏腹に拍子抜けするほど簡単に了承を出したアランに、ルーカスは思わず聞き返した。
「おい、アラン。いいのかそんな簡単に……」
「どうせダメだと言っても、お前は素直に納得できるのか?」
「それは、そうだが……」
反対されなかったことには安堵しているが、どこか腑に落ちない表情を残すルーカスに、しかしアランは意外な言葉を掛けたのだった。
「これまで俺とお前で、やってやれなかった事はなかっただろ」
アランの台詞に、ハッと胸を突かれたルーカス。
「アラン……」
「今回もそうだというだけの話だ」
これまでの任務には、いつも隣に互いがいた。
普段は軽口や憎まれ口を叩き合う二人が、あえてそれを口にすることはなかったけれど、互いを信頼し合ってきたからこそ幾度となく局面をくぐり抜けてこられたと思っている。
「わかりきったことで押し問答するくらいなら、お前は当日足を引っ張らないよう、一刻も早く怪我を回復させることだけ考えてろ」
そうだ、今回のライアンの件にしても、例えその役割がルーカスに変わったとしても果たせることは出来るだろう。
それでも、アランがルーカスを選んだのは、長年の相棒を務めてきた信頼の証なのだろう。
そのことにルーカスは今更ながら胸の奥を熱くさせられたのだった。
「出発についてはルーカスの怪我が治り次第ということにする。ひとまず今日の話し合いはここまで」
アランが話を切り上げると、席を立ちそれぞれの用事に取り掛かる面々。
「アラン様……ありがとうございます」
その中でルルはアランを呼び止めると、感謝を述べた。
ルルにも分かっていた。
森の奥へ行くメンバーにルーカスを選んでくれたもうひとつの理由を……それがルルのためだということを。
「ルルも自分の体のことが心配な中を過ごすのは不安かもしれないが、なるべく万全を期して臨みたい。準備はなるべく俺達が済ませる。看病は大変かもしれないがこれまで離れていた分、少しはルーカスと過ごしてやってくれ。それがきっといざというとき自分を支えてくれる強さになるだろう」
「はい……!」
目尻を滲ませながら何とも言えないくらい可憐な笑顔で素直に返事をするもんだから、踵を返しルーカスの元へと駆け寄るルルの後ろ姿をアランは切なくも優しい眼差しで見守るのだった。




