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癒える時 5




「ごめん、なさい……。私、こんなん、じゃ……早く、早く……」


 ――早く泣き止まなければ……。


 せっかく、自身に起こっている原因不明の体調不良が、治るかもしれない手がかりが見つかったのだ。

 昨日の話をあらためてみんなで話し合って、それから森の奥に入る準備をすすめて、それから……やらなければならないことがいっぱいで、みっともなく泣いている場合じゃないのに、どう足掻いても涙が止まってくれないのだ。


 ルルはルーカスに抱きかかえられたまま寝室に運ばれても、その胸に顔を埋めたまま泣きじゃくっていた。

 そんなしがみついたままのルルをルーカスは無理に離そうとはせず、彼女を膝に乗せる恰好で寝室のベッドに腰を下ろした。


 それが初めて火傷の薬をルーカスに塗ってもらった時のことを、ルルに思い起こさせた。

 あの時も今と同じような恰好で、こんなふうにルルはルーカスの胸の中で、自身の身に起こった辛い経験から初めてと言っていいくらいに、ちゃんと泣いたように思う。


 あれだけの目に遭ったのだから、そうなってしまうのも無理はない。

 けれど、今回はそれとは違う。

 ほんの些細なことでこんなに泣いてしまっている状況に、ルルはあの時の自分より、もっとずっと泣き虫になってしまったような錯覚に陥ってしまった。


「そんなことないよ」


 けれど、ルーカスの一言がルルをすくい上げる。


「もしかして、ルルは自分が弱くなったとかって……思ってる?」


 何も言っていないのに、まるで自分が何を思い悩んでいるのか分かっているようなルーカスの言葉。

 言い当てられたことにほんのちょっと驚いたルルは、その拍子に小さなしゃっくりを数回起こしたあと、やっと涙が少しおさまったのか、うつむいたままコクンと小さく頷いた。


「あ〜……その、自分で言うのもなんだけどさ。ルルがいま泣いているのは、弱くなったとかじゃなくて……。安心したからじゃないかな」


「あん、しん……?」


 ルルはルーカスの言葉がうまく飲み込めないでいるのか、ほんの少し首を傾げた。


 するとルーカスは、


 ――覚えてる?


 柔らかい声で、そう話し始めた。


 ルルが自分を庇って火傷を負ってしまった時、ルーカスは酷く自分を責めた。

 皆の心配をよそに、ルーカスは自分を責めて、責めて、自暴自棄になり酒に溺れかけていた。

 けれど、そんなルーカスをルルはたったひとり王都まで駆けつけてきてくれた。

 そこまでしてくれたルルをそれでも拒絶するルーカスに、けれど彼女は諦めずに手を差し伸べ続けてくれた


 ――その時さ……、正直こんなすさんだ自分の姿を見て、もういっそ幻滅してくれたほうが楽になれるんじゃないかって思ったりもしたんだ。

 でも、もうひとつ別の感情もあって「安心して、寄りかかることのできる存在」かもしれないって、心のどこかでそう感じてしまったんだ。


 酔っていたかどうかは関係ない、あの時そう感じたから俺はやっと君に自分の過去とその罪を告白することができた。

 そして、翌朝セレナ親子に出会って、過去と向き合う決心がついたんだと思う。


 ただ、俺はそうやってさんざん君に甘えてあのとき衝動をぶつけたくせに、自分勝手な理由でルルを、そのまま一人にしてしまった。

 俺はルルのおかげで……俺にとってルルはそういう存在になっていたからこそ、やっと吐露できたというのに、何故ルルの相手は俺じゃなくてもいいなどと……。

 君にはアランが、ライアンやばあちゃんまでもそばについててくれるから、きっと大丈夫だろうと、どうして安易に決めつけてしまったのだろう。


 心の奥底では、誰よりも君のそういう存在でありたいと望んでいたんだ。


「一人にしてごめん。寂しい思いをさせて、本当に悪かった」


「うん……」


「ルルはこれまですごく頑張ってきたから、そのぶん溜め込んできたものも吐き出していいんだよ。ずいぶん時間がかかったけど、皆のおかげでまたこうやって君のところに帰ってくることができた。だから、安心して甘えてください」


 ――君を俺に受け止めさせて、ルル。


 ルーカスが耳元で、懇願するように囁いた。


 心の底から安堵を与えてくれる声。

 ルーカスの言葉が、ルルの心にゆっくりと染み込んでいく。


 愛する人の広い胸に、これが夢ではないことを噛み締めながら、ルルは抱きついた。

 そんな彼女に応えるように、ルーカスもまたその華奢な体を掻き抱いた。


 身も心も重なり合ったその抱擁に、ルルの涙がまた、零れた。


 安心して、寄りかかることのできる存在がいるから、こうやって子どものように甘えて、安心して泣けるのかもしれない、それを今ルルは身をもって感じていたのだった。


 それからルルは、今まで寂しかった思いを、ぽつりぽつりとルーカスに打ち明けた。


「さっきは、また……いなく、なったかと、思った」


「誤解させて、ごめんね。朝早くから、アランにこき使われてて」


 まだまだ遠慮がちではあったけれど、でも時々ほんの少しだけど、まるで小さい子みたいに拗ねた様子を見せたりしたが、ルーカスは晴れやかな笑顔でどんなルルの言葉も丸ごと受け止めてくれたのだった。


 どれくらいそうしていたのか、少し落ち着いたころルーカスは何気なく視界の端にとらえたそれに、そっと手を伸ばした。


 その瞬間……。


「ああ、ルルは、本当に頑張ってきたんだね」


 どこか感極まったようにルルを称えると、何のことか不思議に思ったルルは、ほんの少し身体を離してルーカスを見上げてみると、その手には小さくて綺麗な模様が刻まれた小瓶が握られていた。


 中身は、彼から贈られた火傷の薬……。


「前より、軽くなってる」



 ――ちゃんと、火傷の手当てができるようになったんだね。



 いとおしむような声で、ルーカスはそう告げた。





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