癒える時 4
「ルルは、大丈夫でしょうかね……」
ルーカスに宥められても一向に泣きやまないルルを、彼はそっと抱き上げると皆に目配せをして、落ち着かせるために寝室へと向かうことにした。
そんなルルをやや心配な面持ちで見送ったココは、小さくそう呟いた。
「いや、俺は……むしろ少し安心といったところです」
しかし、ココの心配をよそに、アランが意外な言葉を口にした。
すると、横にいたライアンも同調するように頷いた。
「そうねぇ。ルルは、何て言うか……良い子過ぎてギリギリまで頑張っちゃうのよね。本当に痛いくらい……」
それを聞いたサマンサも多少困ったような顔をしたものの、特に何か言うこともなくふーと息をつくと、ライアンが続けて言葉をこぼした。
「だからさぁ……。たまにはあれくらい気持ちを見せてくれても、良いのよ……」
そう、アランをはじめライアンやサマンサは、正直ルルが感情を露わにしたことに、どこか安堵していたのだ。
それは、ルルと同じように辛い過去を背負ってきたルーカスを、そばで見守り続けてきた三人だから、感じることだったのかもしれない。
アルフレッドの件があってからのルーカスは、表向きは相変わらず人付き合いも良く、困っている人を見かければことさら親身になってやっていたが、どこか周りに一線を引くようになってしまった。
自身に何かあっても、決してこちらには何も言ってくれることはなくなった。
そんな彼を見かねてこちらから踏み込んだ事もあったが、ルーカスはいつもあのひょうひょうとした態度で何でもないように振る舞って、心配すらさせてくれない。
この先ずっとそうやって生きていくのかと思うと、アランはそんな友の姿を見たくはなかった。
それであえてきつく当たったことも幾度もあったが、そのどれもルーカスはかわすばかりで……なんの手応えも感じることはなかった。
それは、自分の言葉が全く届いていないのと一緒のことだった。
一番近くにいたアランは、それが無性に虚しくてたまらなかった。
だから、ルーカスを庇ってルルが火傷を負った時は、またそんなルーカスに逆戻りしてしまうのではないかと危惧した。
案の定、あからさまにやさぐれていく奴の姿は見るに耐えなかったが、けれどそれはこれまでの彼とも違っていたのだ。
それまで周りには漏らすこともなかったそんな姿を隠し切れないでいたルーカスに、アランはようやく本当の意味でぶつかることが出来るようになっていたのだ。
口では散々ルーカスを罵っていたその時でさえ、アランの胸の内にどんな思いがあったかなど、当のルーカスは知るはずもなかっただろう。
ルルを傷つけたこと、どれほど手を焼かされたのかを思い返すと、無性に腹が立つし、いまだに根に持ってはいるが……。
そんなルーカスを、アランが本気で見捨てることなど出来やしなかったのだ。
ルーカスを待っていたのは、ルルだけではなかったのだ。
「はぁ〜、それにしても、やっぱりルーカスなのねぇ……」
ライアンが大きなため息をつきつつ、そうぼやくと。
「そうだな……」
苦笑いをしながら、けれどアランもそれに素直に頷いた。
「泣いたり、笑ったり……。アタシ達がやっとのことで見ることができるルルの顔を、ルーカスが一瞬でやってのけちゃうんだから……。ん〜、もう! のこのこと帰ってきたくせに、何か、腹立つわぁ〜」
またもや、同感である。
自分達にも少しずつそんな姿を見せてくれるようにはなっていたが、本当にあんなふうにルルの心を激しく揺さぶれるのは、良くも悪くも今はルーカスだけなのかもしれない。
本来なら喜怒哀楽は一緒に過ごしていれば普通に起こりうることで、何ら不思議なことでもなんでもないのだが、あの二人はそんな当たり前のことすらからも、しばらくの間、遠ざかっていたように思う。
だから、ルーカスが戻ってきてから、あんなふうに自分の感情に素直になって泣くルルの姿を見たことで、三人はやっときっとこれから色々と置いてきたものを、お互いに取り戻していけるんだろうというふうに思えたのだった。
――これから、もっとずっと賑やかになりそうだ。
ふっ、と脳裏に過ぎった未来像に、自然とアランの口の端が持ち上がっていた。