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癒える時 3




 泣きじゃくるルルの頭をアランは優しく撫でながらも、思案していた。


 実のところ、ルーカスには家の裏の井戸に水を汲みに行かせているだけであって、ライアンにでも呼び戻しに行かせれば、すぐに帰ってこられるのだが……。


 ふと、ライアンに視線を送ってみたが、彼もアランの考えと同じだったのか、どこか困った顔をしながらも肩をすくめるだけだった。


 すると、そこへようやく重要人物であるルーカスが外から戻ってきた。

 アランに早朝から叩き起こされ、まだケガ人だというのにあれやこれやとこき使われていたルーカスだったが、いまだ文句をいえる立場でないことは明白……。

 大人しくアランの指示に従って使い走りをしていたところで、今も彼に命ぜられた水汲みの最中だった。


「おい、アラン。一体、何回水汲にいかせんだよ。もう、これだけあれば十分だろ……っ!? ぐふっ!?」


 さすがにやれやれといった様子でルーカスが、そう言いながら台所に入ってくると、その次の瞬間みぞおちのあたりに衝撃が走った。


 正直、まだケガをしている身なので、あまり体に負担をかけて治りが遅くなるのも困る。

 そろそろ勘弁してもらおうと思っていたところに、突然のこの仕打……。


 一体、何事かと視線を降ろして見れば……。


「ル、ルル!?」


 意外な人物からの仕打ちに戸惑いながらも、ひとまずどうしたのかとルーカスが問うてみるも、彼女からはヒックヒックと嗚咽が漏れるばかりで、明確な返事はかえってこない。


 けれど、返事のかわりに、ルルはその存在を確かめるかのように、ルーカスの胸に埋めた顔をぐりぐりと擦りつけると同時に、背中に回した華奢なその手で彼の身体を精一杯ぎゅうっと抱きしめたのだった。


 それだけで、ルルの不安が伝わってくるような気がした……。


 きっと、彼女をこんなふうに泣かせてしまっているのは、おそらく自分なのだろう。

 そこへツカツカと歩み寄ったアランがやや不満気ながらも、無言でルーカスが持っていた水桶を引き取ると、ルーカスもまたまるで分かっているといった様子で大きく頷いたのだった。


 しがみついたままでルルの顔は見えていないが、涙をぽろぽろと零していることは、みぞおちあたりに感じるその吐息の熱で十分伝わってきた。


「ルル」


 ルーカスは優しい声音でその名を呼ぶと、空いたその両手で力強く抱き締めかえした。


「ルーカス、さま……!」


 けれど、ルーカスにその名を呼ばれた瞬間、ルルの瞳の奥からはさらに涙が込み上げてくるばかりで、絞り出すような声で彼の名を呼ぶのがやっとだった。


 ――夢じゃなかった。


 昨日のことは全部本当のことで、あの時とは違ってルーカスは今ここにいてくれている……。

 自身を包み込んでくれているその力強さと温かさが、それを確かに教えてくれていた。


 けれど、嬉しいはずなのに、このうえなく幸せなはずなのに、今ルルの心を占めているのは寂しさのほうが大きくて、それは全然消えてくれなかった。


 ほんの少し前までは、寂しさを抱えながらもルーカスのいない日々を、皆のおかげで自分なりに精一杯過ごせるようになって、少しは強くなれたようにも思えた。


 昨日、ルーカスと想いが通じ合ってからは、この先どんなことがあっても大丈夫だと、きっと乗り越えられると、心からそう思えた。


 それなのに、今の自分はどうだ……?

 ほんのちょっとルーカスの姿が見えなくなっただけで、この有り様だ。


 ここにきて、どうにもできないほどの感情に振り回されてしまっていることに、ルルは怖くなってしまった。

 これでは、まるでルーカスと離れなければならなかった頃の自分に逆戻り……いやそれ以上にひどい状態になってしまっているような気がしてたまらなかった。


 ――早く泣き止まなければ……。


 けれど、そう焦れば焦るほど、ルルの涙は次々に頬を伝っていくのだった。





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